あるCEOの悩み
Harvard Business Schoolのケーススタディを友人から入手した。敵対的買収の場面において経営陣と取締役会はどのように行動したのか、彼らがどのように考えたのかを知るための教材として非常に興味深い。残念ながらこのケーススタディは無料では入手できないが、このサイトから有料(6.5ドル)で入手可能である。この間のラブホテルの実証研究もそうだが、米国では実証研究が充実している。日本での敵対的買収の議論は幾つか裁判例が出たとはいえ、まだまだ議論が始まったばかりであり、様々な意味で方向性が修正されていくだろうと思う。法科大学院での講義・ゼミの中で、コーポレートガバナンスのあるべき制度論を論じるとともに、現実にどのように機能しているのかという側面もあわせて教材に取り入れていくべきというのは贅沢な望みだろうか。

ここでご紹介するのは、90年代の「選択と集中」戦略ブームの中での一つの敵対的買収事例に関するケーススタディである。敵対的買収に応じたCEO・取締役会の動きが記述されている。著作権法で許容される範囲内での紹介になること、添付されたレターを完全にはご紹介できないことから、私のエントリを読まれた方が原文を読んだ場合と同じある種の感想を感じられるかどうかは自信がない。もし興味があれば、有料で入手して原文を読まれることをお薦めしたい。

エントリからうまく伝わるかどうかは別として、私の興味は実際問題誰が買収提案に応じるかどうかの決定権を持っているのかという点にある。法的には取締役会、でも実際は?

1. American Cyanamid(C社)

C社は、1907年に肥料、カルシウムシアナミドを製造する会社として設立され、1922年以上多角化経営を進めていた。1940年代から50年代にかけて同社は製薬事業を強化していった。60年代から70年代にかけ、同社は冬の時代を迎え、製品のシェアを確実に落とし、80年代にはコア事業に集中する必要性を感じるようになった。
歴史的にC社は新しい薬品を開発するだけの能力をほとんど有しておらず、同社の製品は特許期限切れまたはまもなく切れるもの、ライセンスを受けたものに限定されていた。先代CEOはライフサイエンスの分野に特化するため、研究開発に力をいれ、社内に研究者精神を植えつけるよう尽力したが、1984年から1990年までの間、残念ながら収入に貢献する新薬は一つも生み出されなかった。ライフサイエンス分野に貢献しない事業は次々と他社に売却されていった。
 C社のChairman/CEOであるAlbert Costelloは、1957年に化学者としてC社に入社し、1993年に社内からCEOとして登用された。CostelloのもとでもC社は製薬事業(特にワクチン開発)に特化することを目指し、研究開発費を投下し、化学事業はスピンオフするなど「選択と集中」を進めていった。1994年、C社は、SmithKline Beecham(S社)との間でAsset Swapを実施するべく、協議を行っていた。このAsset Swap契約のもとでは、S社はC社に対してワクチン・動物健康事業を譲渡し、C社はS社に対して製薬・ビタミン事業を譲渡し、相互の製品ラインナップを強化することになっていた。

2. American Home Product(AHP)による敵対的買収提案

 AHPは、C社を取得したいと考え、合併協議に応じるようCostelloに面会を申し入れていた。だが、新聞で発表されたAsset Swapの情報に接し、Asset Swapを行う前のC社に興味のあったAHPは直ちにC社の取締役に対して1株あたり95ドルの価格で株式取得を申し入れるレターを送付した。次の日には、Costelloに対して友好的買収を申し入れるレターを送付した。AHPの提案を受け、C社の株価は63ドルから90.25ドルまで高騰した。

3. C社の取締役会の議論

CostelloはなおAsset Swapを進めるつもりでいた。しかし、突然Asset Swapの代替案を示された取締役会は、Asset Swapの長期的価値をDCFで算出するよう求めた。Asset Swapを進めることにより、株主にとってより良い長期的な価値を提供できるのであれば、Asset Swapに賛成するが、そのためにはNet Present Valueの算出を要求したのである。C社は、M投資銀行の助言を得てAsset Swapによる企業価値を算定することにした。
AHPはC社の定款にある買収防衛規定が憲法違反であると主張する訴訟を提起し、翌日には95ドルでの敵対的買収を開始した。CostelloとAHPのCEOの面会も合意に至ることはなく、AHPは更なるプレッシャーをかけるべく、買収価格を100ドルにつりあげた。

4. 取締役会決議
AHPは、C社の取締役会開催日にあわせて提案価格をつりあげてきた。M投資銀行のアドバイザーは数週間の検討を終えた後、以下のように回答をした。
Asset Swapを行ったとしてもNet Present Valueは75ドル以上にはならない。スワップはもう代替案ではない。従って、フェアネス・オピニオンは署名できないと。
この時点で取締役会の結論はほぼ見えていた。先代CEOですらAHPからの提案に賛成しているようだった。翌日、C社の経営陣はAHP社と最終交渉をし、株主に対して0.4625ドルの配当を行う権利と、1株あたり101ドルの提案を「勝ち取り」取締役会は全員一致でAHPの買収提案を支持した。
社外取締役であるMacAvoyは取締役会の決断を褒め、株主に対して本来負っている以上の成果をあげたとし、取締役会のメンバーで夕食に行くことを提案した。Costelloはこう答え、そのまま去っていった。
私はその夕食には行かない。これは全て防げたはず事態だ。こんなことをするべきじゃなかった。
5. CEO後日談

Costelloは、ケーススタディの著者に対するレターを書いている。
S社とのAsset Swapを好んでいたのは事実だ。私はC社をワクチン・動物関連事業・農薬事業で一番にすることにより、株主に還元したかった。しかし、株主価値の実現に常に焦点をおいていた私にとって、AHPの提案以外に方法がないことは明らかであった。社外取締役のMacAvoy氏が理解できなかったものは、研究者からCEOになるまでの37年間にわたる会社への感情的なつながりである。彼はまた会社に対してベストを尽くしてくれた従業員に対して私が感じている責任をも理解できなかった。
6. ケーススタディから学ぶべきことは何か

敵対的買収防衛をする場合、経営陣らの保身目的を防止するための安全弁が必要であることは言うまでもない。安全弁は、独立取締役の判断であったり、弁護士・会計士・投資銀行アドバイザーら専門家の助言であったり、経営陣らのインセンティブを株主と合致させる報酬プランである場合もあろう。裁判所の司法判断がこれらを実効的に機能させる役割を営むこともまた言うまでもない。これらの米国型制度設計を導入することに基本的に反対するつもりはない。

「あるCEOの悩み」がうまく伝わらなかったかもしれない。著作権の問題があり、レターなど、ほんの一部しかご紹介できていない。このように銘打ったのは、Costello氏に対してどこか共感できる部分があったからにほかならない。彼は、AHPから地位を提供されたものの、それを断っているのであって、地位保全のために行動したということは見受けられない。そのうえで、会社とのつながり、従業員に対する責任を強調し、目の前の高い買取提案よりもビジネスでのシナジーを活かせると考えたAsset Swapを実施したかったというのも人間として理解できる。そのうえで、自分の役割を認識し、潔くAHPの提案を受け入れるのも経営者として立派である。社外取締役、専門家による監視効果がうまく作用した事案なのかもしれない。

素朴な疑問である。投資銀行にたくさん優秀な方々がいらっしゃるのは承知のうえで、敢えて疑問を述べる。当然ながら、投資銀行の方にC社のワクチン事業の見通しが判断できるわけではない。彼らを責めるべき筋合いのものじゃなく、そのビジネスの専門家じゃないのだから当然である。顧客から出された財務資料、各社の企業情報との比較調査による「客観的な専門家としての意見」が求められているわけである。
社外取締役も同様の面があるうえ、短い期間で議論をすることを余儀なくされ、作成された資料の裏づけをとることなど不可能である。司法審査基準の詳細は省くが、社外取締役にしても株主からの責任追及を回避するためには、利益相反の問題をクリアし、専門家の意見を聞くのが実際である。
それでは専門家が買収提案の方が株主にメリットが大きいと判断したら、取締役は従わないといけないのだろうか。従わなかったら、必ず責任を問われるのか。
理論的には必ず責任を問われるとは限らないだろう。でも、誰がそんなリスクをとるというのか?
事実上、フェアネス・オピニオンが防衛策の採否を決定づけることになるのではないか。それでいいのか。
経営陣とすればリスクをとれ、信頼でき、裁判所から文句をつけられることのない経歴を有し、柔軟なアドバイザーを常に確保しておくべきということかもしれない。

どんな制度にも悩みはつきもので、フェアネス・オピニオンを求めない制度がいいかというとそんなことはない。比較対照のうえ、何が一番いいのかという問題にすぎない。それは承知のうえで、今日は少し悩んでみた。どうなんでしょう?
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by neon98 | 2005-11-23 07:06 | M&A
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