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実践的な法律学?
ホームズ裁判官は「一般的命題は具体的な事件を解決しない」と述べたそうである。私も実務家としての特性からか、哲学的というか、抽象的にすぎる議論は苦手である。例えば、法人実在説、法人擬制説と言われればむろん学説の名称と簡潔な説明程度は可能だが、学説自体からアプリオリに導かれる結論は存在しない以上、それ以上深く内容を追及しようとは思わない。どちらかというと、先日のラブホテルの実証研究の方が興味深く読めるし、少なくとも立法政策論として機能しうるだけに実践的である。

実務家としてのそもそもの発想の根源は「具体的事件の最も有効な解決方法とその手段は何か」という命題であって、法律学という学問自体にはあまり興味がない。法律が好きかと言われると、嫌いではないけれど法律学そのものにはあまり興味がなく、法律というツールを使って具体的事件を解決する知的作業には興味があるとしか答えようがない。

法学部に初めて入ったときに私は法律に対して難解・形式的といったイメージしか有しておらず、司法試験を受験するために仕方がなく入ったものの、法学が面白くなくてどうしようか悩んでいた。そんな時、ある教授はこう言った。
法律なんてものを難しく考えちゃいけない。これは道具なんですよ。皆さんが幸せに暮らすための道具にすぎない。だから、法解釈も皆さんが幸せに暮らすことができるように解釈すべきなんです。
実務と学問は乖離しているものだと思い込んでいただけに、学者サイドから出たこの発言は目から鱗だった。法学初心者の段階で、学者にせよ、実務家にせよ、法律学の究極的な目的は「皆さんが幸せに暮らすこと」なんだと意識できたのは大きかった(むろん幸せなんてものはそれ自体定義のない多義的な用語なのだけれど。)。法律学において結論の妥当性以上に重要なものは存在しないというのはそれ以来私の信念である。むろん、結論の妥当性というのは個別具体的な事件の解決以外に、当該解釈が社会全体に与える影響も含まれる。この教授は、講義において、ある法理論が具体的背景においてどう利用されてきたのか、歴史的背景も含めて丁寧に教えてくれた。彼の講義もすばらしかったのだが、彼はこの一言を新入生に伝えるために存在しているのだと、私は今でも信じている。

そんなプラクティカルな人間が現在読んでいる本が何故かこれである。『現代アメリカ法の変更』モートン・J・ホーウィッツ・樋口範雄訳(弘文堂)。渡米前にある方から頂いた。一文の得にもならないと言われればそれまでである。せっかく頂いたから読んでみようという以上の考えはなかったのだけど、読んでみるとなかなか読みごたえがある。翻訳の日本語が必然的に難解であるに加え、米国史の基礎知識も要求され、非常に難しいのだけれど、探してみれば実践的な価値もあるように思えてきた(読み終えられるように実践的で役に立つと思い込もうとしているのかもしれないけれど。)。

契約の修正原理、因果関係論、法人理論のいずれにしても、ある特定の時代背景を基礎として、ある特定の効果を狙って主張されてきた理論なのであり、異なる時代背景・文化背景のもとでは適切ではないかもしれない。その意味では、ある特定の法原則を時代背景と一緒にみていくことはその本質的な理解のために不可欠である。

もう一つの理由は、ツールとしてではあれ、一生お付き合いしていくであろう法律のことである。せっかくだから実践的でなくとも学問として好きになってあげてもいいではないか。理論そのものとして好きになれた方が興味が長続きするし、ずっと仕事が好きでいられるかもしれない。そう思ったからかもしれない。

実際、何かの理論を歴史の流れの中でとらえるという作業は好きだ。ケインズは、不況下での失業問題を解決しようとして財政政策による政府介入という経済モデルを考えだしたが、彼が違う時代に生まれていたら異なる経済モデルを考え出したに違いない。ある時代とある環境にあることによってはじめて有効とされる理論だってあるはずだから、歴史のつながりの中での有機的な理解は有益なはずだ。そう思ってようやく第3章まで読み終えたところだ。目次は以下のとおり。面白そうでしょ?さすがにご紹介する程度にまで理解できる自信もないので、本のご紹介にとどまると思います。

序章
第1章 古典的法思想の構造
第2章 契約自由と客観的因果関係に対する革新的法思想からの批判
第3章 サンタ・クララ判決再考―法人理論の発展
第4章 アメリカ法におけるホームズ裁判官の地位
第5章 財産権概念の革新的変容
第6章 リーガル・リアリズムとは何か?
第7章 リーガル・リアリズムの遺産
第8章 リーガル・リアリズム、官僚的国家および法の支配
第9章 第二次大戦後の法思想
終章
by neon98 | 2005-12-07 12:36 | よしなしごと
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