Competition among Securities Exchanges – Redux
1. Introduction

次なるテーマに行く前に、少し前に書いた証券取引所規則の正当性?および証券取引所がガバナンスを決める時代?という2つのエントリについて再度考えてみようと思います。そもそもの出発点は証券取引所規則に民主的正当性なるものが必要なのだろうかというところから始まったエントリなわけですが、今日は証券取引所の競争原理についてある論文をテーマに考えてみます(この論文の整理で数日くだらんエントリを続けていたわけですが、どうでもいいエントリにも暖かいコメント下さった皆さんどうもありがとうございます。)。

少し復習すると、
・上場企業が黄金株を発行することを許すべきかという個別の議論はおいておく
・証券取引所規則は法令ではなく、約款にすぎない
・証券取引所間の競争により多様なガバナンスモデルが提供され、顧客としての上場企業の選択肢が広がることは基本的には評価をすべきである
・金融庁による証券取引所規則の承認という政治介入の手段を否定はしないものの、政策的には証券取引所間の自由競争にゆだね、規則が証券取引法制度と矛盾するなどの場合のみに利用すべきである
というのが前回までの私の基本的な意見です。

「前回までの」「基本的な」と断ったのはこういう枠組みでとらえるのがいいのか、少しわからない部分があるからにほかなりません。私が自分自身の意見を書いておいて自分で反論をするというのも変なのですが、根本的な疑問というのは以下の2点です。
(1)証券取引所間の競争といいながらも顧客への誘引となるのは、取引手数料や決済の便利さであって、ガバナンスに関する事項に競争原理は働かないのではないか。
(2)東証が圧倒的な力を持っている状況において証券取引所間の競争なるものは成立するのか。
これからご紹介する論文を読んでみて、なるほどなあと思って浅はかな意見を少し反省しつつあります。すなわち、ガバナンスモデルについての証券取引所間の競争市場というのを観念するよりも、ガバナンスモデルをも含めた株式市場における競争を観念する方が社会全体としての効率が高まるのではないかと思ったわけです。

磯崎さんが「買収防衛策と証券取引所間の競争」というエントリの中で、
「どうしても必要な企業だけ」そういうスキームを採用して公開してもいい、というような、うまいスクリーニングのしくみが存在すればいいわけですが、どうでしょうか?
幹事証券としても、プレーンな株式の方が売りやすいはずですから、少なくとも今の需給関係の下では、「よほどの企業」でないと、そうしたややこしいスキームを付けての上場というのは敬遠されるはず。つまり、ルールではなく経済原理でそういう選別はできないものでしょうか。
と書いておられますが、証券取引所間の競争の中でガバナンス規則が改善されていくと考えるよりも、上場審査の段階ではハードルを下げておいて、引受される証券会社さんのところでまずスクリーニングにかけるとか、ガバナンス格付なるもので格付機関さんに頑張ってもらうとか、そういう考え方もあるなあと思っています。

(1)証券取引所が「うちで扱っている株式にはこういう弊害はありませんよ」という投資家からの評判を惹きつけ、証券取引所の間でルールを巡る競争をしていくという立場と、(2)ルールは会社法・証券取引法など最低限のものにしていますが、情報開示をしていますので投資家さんの自主判断でお願いしますねという立場との比較と考えていただくとわかりやすいでしょうか。

2. 証券取引所の株式会社化・上場問題を扱った論文

d0042715_6281432.jpg今回の題材はMikeさんがWhat are exams for?というエントリで少し紹介しておられるAndreas M. Fleckner, Stock Exchange at the Crossroads: Competitive Challenges – Reorganization – Regulatory Concerns, 10/2005; forthcoming in Fordham Law Review, Volume 74, (2006)です。このペーパーは昨年のHLSのLLMの方が書かれたそうですが、証券取引所の株式会社化・上場問題について要点をおさえてあり、主張・英語ともにとてもクリアな優れた論文です。論旨はまとめてみると以下のとおりでとても明快です。

著者の意見は、(1)機動的な経営を行い、システム投資等のための資金調達を行うことは証券取引所の競争のために必要不可欠であり、株式会社化・株式上場は合理的な選択肢である、(2)しかし、同一主体が規則を制定し、規則に拘束されるということは利益相反の問題がある、(3)この問題に対応するために、証券取引所の自主規制部門を切り離し、かつ、証券取引所は少なくとも2つの市場に株式を上場すべきである、というものです。浅はかに考えたところでは、会員たる証券会社さんが運営していくといえでも利益相反の問題があるわけで、機動的な経営と資金調達の必要性を考えていくと株式会社化・株式上場というのは必然的な流れのような気がします。規則制定権という公的な部分は切り離し、所有と運営の分離を機能させることができるのであれば、合理的なのかなと賛成しつつあるのですが、今日のところは上場問題に直接立ち入ることは避け、むしろ著者がこの議論の過程で紹介している証券取引所間の競争という部分に着目してみます。なお、私が証券取引所という用語をここではNASDAQなどを含めてルーズに使っていることには注意してください。

3. 証券取引所間の競争の実態

(1) 「お客さん」は誰なの? 

Jonathan Macey and Hideki Kanda, THE STOCK EXCHANGE AS A FIRM: THE EMERGENCE OF CLOSE SUBSTITUTE FOR THE NEW YORK AND TOKYO STOCK EXCHANGES, 75 Cornell L. Rev. 1007では、証券取引所の顧客を上場企業として議論がされていましたが、Flecknerはもう少し収益構造を厳密に考えています。証券取引所の収入源は、(1)発行者からの上場その他のサービスに対する手数料、(2)会員資格を有するブローカー・ディーラーからの手数料、(3)投資家からの取引に伴う手数料、(4)その他情報提供に伴う収入などです。証券取引所が競争する市場としては、(1)上場企業を獲得する場面と、(2)注文を獲得する場面とに分かれますので、「証券取引所市場」としてはこの2つのマーケットが想定されるということになります。

(2) 競争の実態

証券取引所間の競争は、(1)手数料の自由化などの規制緩和、(2)技術革新、(3)グローバルな競争環境によりもたらされました。昔は「場」という物理的な取引所で、場立ちさんが手サインで取引を仕切っておられましたが、ITシステムのおかげで場という物理的存在や人件費を支払うことなく、流通性を確保できることとなったために新規参入の壁が少なくなりました。かつては注文の取次ぎで負けないように証券会社の場立ちさんは周囲の人間をぶっ飛ばしていけるラグビー経験者が重宝されたという話も聞いたことがあります。

ただ、証券取引所は独占・寡占に陥りやすい業態だといえます。IT投資・規則整備などの初期コストが莫大であるのに対し、ランニングコストが比較的少なく、新規参入のコストが大きいうえ、規模が増えるほど利益を生むのが容易になるという特性があります。規模の利益により手数料収入を下げるとより多くの企業・投資家が集まり、高まった流動性や安い手数料収入はより多くの企業・投資家を集めるという関係にあるといえるでしょう。

同一の有価証券が複数市場で売買された場合に当該取引をつなぐNational Market System(NMS)により寡占状態は緩和されていますが、米国におけるNYSEの地位はやはり圧倒的(日本の東証の地位の方が日本国内では圧倒的ですが)なものがあります。

(A) 新規上場企業獲得競争
NYSEとNASDAQは新規上場企業獲得にしのぎを削っており、GoogleのIPOの勧誘に必死だった様子が紹介されています。但し、企業にとって上場先市場を変更する選択肢は容易ではないため、一度市場を決定したのちのマーケットは弱くなります。典型的にはNASDAQ上場企業はNYSEへと移っていき、NASDAQとしてもその動きを止めることはできていないようです。

(B) 注文獲得競争
注文獲得にあたっての顧客への誘引は、取引手数料・流動性・信頼性・取引速度・価格情報の質です。さらには機関投資家にとってブロックトレードにおける匿名性、ブローカーにとってキックバック(payments for order-flow)などが誘引になります。投資家が注文する市場を変えることは比較的容易であり、(A)市場よりも競争は激しいものとされています。ただ、この場合でもNYSE上場企業の株式の注文の85%はNYSEが獲得できているのに対し、NASDAQ上場企業の株式の注文はもっと他市場に流れていることが指摘されています。

以上の通り、産業構造からも、現実をみても東証が圧倒的な地位を占めていくだろうということは明らかなように思います。

(3) グローバルな競争

d0042715_6231151.jpg競争の実態をみていくと、証券取引所間の競争は東証と日本国内での他の市場の競争ではなく、ニューヨーク・ロンドン・香港といった海外市場との競争になっていると言われます。ただし、海外市場との競争によりガバナンスに関するルールが改善されていくかというとどうでしょうか。

特定のガバナンスモデルを強制する取引所を選択するかどうかは上場しようとする企業側の選択にゆだねられるところ、企業として東証の規則が気に入らないからロンドンに上場するという選択肢はコスト面で容易とはいえません。ガバナンスモデルは一連の法・会計制度を前提として成立しているわけで、証券取引所間でグローバルにガバナンスモデルが自由に競争されるとみるのも難しいように思います。

グローバルなマーケットにおいて、証券取引所の手数料・決済速度・利用時間帯などの点において利用者の便宜はどんどん図られるのかもしれませんが、ガバナンスモデルについてしのぎを削ると考えるのは現実的ではないかもしれません。色んな文献をあたってみたんですが、証券取引所の提供できる便宜についての競争ということを打ち出したものはあっても、規則間の競争という私が勝手に考えた仕組みを打ち出したものはありませんでした。

4. 結論めいたもの

証券取引所などの自主規制機関が規則を制定する正当性として、参加者がもっとも市場の問題を知りうる立場にある、規制により影響を受ける人が規制を制定した方が守られやすい、コストの面で効率的であると指摘されています。ただ、これは会員の皆さんが内輪で決めてもよいと思われる規模・役割のときの理屈にすぎないように思います。

日本企業にとって東証以外に現実的な選択肢が存在しないということを率直的に認めていって、多様なガバナンスを許容したうえで、開示はきちんとし、引受証券会社・格付機関・機関投資家の反応にお任せするという方法が現実的なような気がしてきました。

結局のところは、証券取引所がパターナリスティックに行動して取引有価証券のQualityを示すことが妥当なのか、Qualityの判断は投資家の判断にまかせておけばいいと考えるのかという政策論に戻ってきてしまいます。証券取引所側でも上場審査で上場株券の質なるものは一定程度審査しているわけで、許容できる範囲をどこまで認めていくのかという程度の問題なので、何を対象に議論しているのかという個別の問題に戻ってはいくんですが。

ということで、この内容、ほとんど前言撤回ですかね?ちょっと悩み中ではあります。。。
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by neon98 | 2005-12-16 06:31 | Securities
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