シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(7)―メインバンクシステム(下)
労働市場における終身雇用制度の不存在という主張に対して思うところを前回述べました。日米における労働の質の違い(企業特有のスキルを要求するか否か)という点は私は実はよくわからないのでコメントを避けましたが、メインバンクが労働者による懈怠を監視していたというAokiの主張にも賛成しませんので、私の感想は「黙示の終身雇用制度は存在していたが、メインバンク制度とは直接に関係しない」とまとめるにとどめておきます。今日は政府・「系列」・資本市場という問題に入りましょう。



Aokiによれば日本のコーポレートガバナンスの本質はメインバンクシステムにあり、メインバンクは他の銀行団を代表して債務者企業を監視するものとされます。これが機能する理由は(1)債務者企業は多くの場合メインバンクを中核とする系列企業に属しており、メインバンクがもっともよく債務者企業を管理しうる、(2)メインバンクがその役割を果たさないときには政府規制による不利益を被るという点にあるようです。

3.系列はフィクションか?

Miwaは系列はマルクス主義経済学者とポピュリストジャーナリスト達による産物にすぎないとここでも系列をフィクションとして一蹴しています。彼は『系列の研究』という本における「系列」なるものを批判対象として、統計数値を拾い、世間で思われているほど「系列」とされる企業間でいかに株式持合や取引量が大きくないと主張しているあたりはなるほどと納得させられました。負債のソースを基礎とした「系列」に関しても、多くの企業が「系列」内における銀行以外の銀行をメインバンクとして扱っていると指摘しています。私はもちろん読んだことはないのですが、三輪=RAMSEYERは「『系列の研究』の「系列」の研究(1)/(2・完)」という論文を経済学論集(第67巻第2号・第3号)から出されているようです。なんだかどこかでみたようなユニークさを感じさせるタイトルというと怒られそうです(笑)。

私が読んだペーパーはDiscussion Paperという位置づけの短いEssayなので、これのみでMiwaの系列不存在論に対して批判するのは困難です。ここではMiwaの主張は『系列の研究』という本による「系列」の分類に対しての批判にしかならない「可能性がある」、すなわち、「系列」はその組織を徐々に変遷しつつも存在していた「可能性がある」とだけ指摘をしておきます。私としては「系列」そのものをメインバンク論の中枢に考える必要はなく、あくまでも監視者としてのメインバンク論を中枢に考えたいと思っているのでこれ以上は深入りしません。

4.救済者・監視者としてのメインバンク論

Miwaは、「メインバンク」は困窮に陥った債務者企業を救うと事前に合意もしていなければ、他の銀行を代表して企業を監視することもなかったと主張します。私はこの部分でMiwaの主張を全て否定するつもりはありません。彼の主張は、(1)困窮に陥った債務者企業を救うという事前の明示的な合意は存在しなかった、(2)メインバンク以外の銀行団は債務者企業を監視しなかった、(3)メインバンクは債務者企業を効率的に監視しなかった、という3点においてそれなりの説得力を有するように思われるからです。Miwaの主張は「メインバンクシステム万歳!」という主張に対するアンチテーゼのように思われ、監視がなされていたのかどうなのかという部分は「事実」ではなく、「評価」に属するものとして考える方がいいように思われるからです。

(1)政府規制とメインバンク制度

Aokiによると、銀行業界は新規参入障壁による準レント(ここではregulatory rentという用語になっています)を享受しており、また、政府は経済的困難に陥った債務者を救済した場合に初めて新支店の設立を許可したとし、政府によるメインバンク制度維持のインセンティブ付与を主張します。「準レント」というのは経済学上多義的に用いられるようですが、ここでは「独占・寡占状態により与えられる利益」くらいの意味で用いられています。具体的には、(1)政府が預金金利を低く抑える政策をとっており、支店設置に政府許可を要求していたため、銀行は預金を拡大するインセンティブを有し、預金拡大のための政府許可を得る必要がある、(2)銀行に与えられる利鞘は個々の融資についての経済合理的意思決定を阻害したもなおメインバンク制度を維持できるほど大きなものであった、(3)長期的に生存しうる債務者企業を倒産させたメインバンクには支店設置の許可が与えられないおそれがあったとされ、利鞘による既得権益が「準レント」と呼ばれています。

これに対して、Miwaは支店を新規設置した場合当初2年間は赤字であり、損失を回復するまでにさらに2年間かかること、大蔵省が地方銀行を優遇して新規支店設置させたこと、メインバンクの層である都市銀行の預金シェアが低下していることなどを根拠にして反論をしています。この点はなるほどと納得したものの、そもそも論としてAokiの利鞘設定を準レントとして狭くとらえた観点がよかったのかどうかを考えないといけないような気がします。Aokiに対する批判としてその有効性を認めたとして、銀行決算にすら旧大蔵省が関与する時代(現在とは違う意味で)のことですから、体力があるとされている都市銀行が政府による圧力を排除できると考える方が不自然なような気がします。そうでなければ、大蔵省主導による奉加帳方式による銀行救済など説明ができません。

(2)困窮に陥った債務者企業を救うという事前の合意?

Miwaは、終身雇用契約と同様のロジックから批判をスタートします。すなわち、困窮に陥った債務者企業を救うという契約をしたいのならなぜ本当にそうしないのか?と。この契約はMiwa自身が指摘しているように、モラルハザードの問題とAdverse Selection(逆選択)の問題を発生させます。メインバンクが必ず救済するとした場合に債務者企業の自主努力のインセンティブは生じませんし、そのメインバンクには業績の悪い企業ばかりが集まってくるというリスクがあるというわけです。これらの問題を回避するための救済条件を全て列挙することは実務上できず、完全な契約は存在しません。メインバンク制度とは、あくまでも「企業が自主努力を継続し、長期的価値として救済に値する企業のみがメインバンクの救済に値する」という制度なのだと思います。

Miwaはまた債務者企業を救うというのは事後の経営判断にすぎないと主張します。彼は、1984年以上に3期以上連続して赤字を計上した企業に対して、メインバンクがその地位を維持しているかどうかを調査したところ、東証一部企業において66.8%しかメインバンクの地位にとどまらなかったとしています。また、その中で都市銀行は顧客を見捨てる傾向が強く、東証一部企業において41.2%しかメインバンクの地位を維持しなかったとしています。融資先企業を探す営業力の違いを考慮すると、都市銀行>地方銀行という構図になるでしょうから、都市銀行の「逃げ足の速さ」というものが証明されたといってもいいのかもしれません(笑)。これらの根拠から、私が思うほどメインバンクは債務者企業を支えていなかったという事実は受け入れざるを得ないのかもしれません。

(3)メインバンクは監視者か?

Miwaは経済的困窮に陥った企業から「メインバンク」の多くが「逃げた」事実をここでも引き、現実には監視機能を果たしていないとします。また、Miwaは、多くの銀行から借りることは監視コストを増大させるからメインバンク制度が存在したというAokiの主張に対しては、監視コストを縮減するには借り入れ銀行を減らすことで対応できるのに、国際的にみて日本の債務者企業の取引銀行数が多いとしています。

ただ、資本市場でも株主は(1)逃げる=売却する(2)発言するという選択肢を持つわけであり、経済的困窮に陥った場合のみをとらえて監視機能を果たしていないとみるのは若干問題があります。また、後者は特に地方銀行の審査能力・営業能力からすると、コバンザメスタイルのビジネス手法を選択することも合理的であり、債務者企業からしても地方銀行から借りることでファイナンスコストを低減させる現実が存在したのですから、全ての銀行は監視機能を負うべきであるという前提を仮定しているだけの話にすぎないように思います。

5.「メインバンク」概念の相対性―結論に代えて

Miwaの主張をメインバンクが果たした機能が実は大きくないという主張ととらえると、私の中ではそれなりに納得のいくものです。Miwaは、どのような銀行においても多額の負債を抱える債務者企業を救済するインセンティブを有するのだから、日本の「メインバンク」制度のみを特別視する必要はないといいます。この主張には一理あり、メインバンクが存在するかどうかはメインバンクの役割評価(Or定義)に帰結するとすれば、メインバンクが存在したかどうかは相対的になります。

Miwaの主張にもそれなりに納得はしつつも、やはり受け入れがたいところがあるのは、私的整理の場面において「メインバンク」が相対的に重い責任を負わされつづけてきたという慣行の存在、新生銀行がその対応を社会的に非難されつづけて政府からも相当圧力を受け続けたという事実などがあるからでしょうか。産業再生機構の事案においてメインバンクが異なる役割を有することとされたことも考慮すると、現実のメインバンクの対応は別として、メインバンクは債務者企業の経営監視に責任を負うべきだという社会規範(法と呼ぶかどうかは別として)が存在していたことは否定できません。

メインバンクが債務者企業に財務担当役員を派遣したり、私的整理の場面で割合的に多い債権放棄を受け入れた事例は多く、これが監視機能を果たさなかったことに対するサンクションなのか、天下りに似た馴れ合いに対するサンクションなのか、評価が待たれるところなのかもしれません。

最後に乾燥として、元も子もない言い方をしてしまうと、戦後の日本経済を西欧型のインセンティブとサンクションという概念でとらえることに限界があるような気がしています。欠乏のある時代に働くことと、現在のような欠乏の少ない時代に働くことは別個だと理解した方がいいと思うのです。皆が同じ方向を向いて豊かになるべく働いていた時代には当然にインセンティブは存在したのかもしれませんし、監視などという概念が必要だったかどうかはわかりません。正直、経済的な発想は全部捨てたうえで、多少の脱落者は社会の中で放置してもなお余りあるだけ皆が頑張り、それを社会的に吸収してしまえばいい時代だったんじゃないかなどと思わないわけでもないのです。そういう意味では、私はメインバンク制度を過去の事例としてみているにすぎないとはいえるでしょう。本当にまとまりがないですね・・・。
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by neon98 | 2006-02-07 07:14 | Corporate Governance
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