シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(9)-株主中心主義と倒産状態(中)
以前47thさんが以下のようなコメントをくださいました。
アメリカの株主優先主義の面白いところは、ドグマではなく、効率的な経営陣規律のための一つの手段だと割り切られているところがあるため、…株主がギャンブルに走る場合には、取締役は株主よりも債権者利益を優先すべきといった考えも出てくるところですね。
書こうと思っていた話だったので、あまり立ち入ったコメント返しを避けていた部分を今日書いていきます。デラウェア州の裁判例で「株主よりも債権者利益を優先」とまでは言っていませんが、Credit Lyonnais Bank Nederland, N.V. v. Pathe Communications Corp., 1991 WL 277613 (Del. Ch. 1991)は、少なくとも会社が債務超過に近い状態(the vicinity of insolvency)にあるときは取締役会は単なる劣後者のエージェントではなく、企業(corporate enterprise)に対してその義務を負う、と判示しています。なんて偉そうに書いてますが、本エントリ中の引用は全てBainbridge, Stephen M., "Much Ado about Little? Directors' Fiduciary Duties in the Vicinity of Insolvency", Journal of Business and Technology Law, Forthcoming からの孫引きで原典にはあたってませんので、ご注意を。

債務超過の可能性がインセンティブに与える影響の結果、株主がギャンブルに走り、取締役らの行為規範がおかしくなること一例として以下のような場面が紹介されています。企業Aは唯一の資産として、企業Bに対する債権を有しており、第一審の判決の結果企業Bに対する$51Mの勝訴判決が得られました。この判決は現在控訴審に継続しており、見直しまたは覆される可能性もあります。控訴棄却(現状維持)・破棄自判(修正)・原審破棄の場合(敗訴)におけるそれぞれの確率・結果は以下のとおりです。
d0042715_8271952.jpg
この場合判決の期待値は$15.55Mであり、会社にとって期待値を上回る$17.5Mの和解提案を受けることは合理的です。ただ、仮に負債が$18M存在した場合に、取締役が株主の利益のみを考慮して行動するとしたらどうでしょう。株主としては$18M以下の和解提案を受け入れるメリットは存在せず、$51Mの価値のある控訴棄却判決を求めるという「ギャンブル」に走ることになります。通常の場面では、株主への配分は債権者に劣後しますから企業全体にとって合理的な意思決定が維持されれば債権者が害されることはありませんが、この場面では企業全体にとって合理的である意思決定が株主単体にとっては合理性を有しないというわけです。Credit Lyonnais判決は、株主が債権者の利益を犠牲にして「ギャンブル」をするインセンティブを防止するために、Fiduciary Dutiesの宛先を企業そのものに移転するという手法を採用しています。

これに対してBainbridgeは現実にはそのような懸念はほとんどない(タイトルをMuch Ado about Nothing=空騒ぎよりも正確にはMuch Ado about Littleであるとしたのも、懸念がゼロではないが無視できるという趣旨です。)と反論します。その根拠としては(1)債権者は事前に契約交渉を行うことにより、機会主義的行動を防止することができる、(2)リスクに見合った利息を要求し、望ましいポートフォリオを形成することにより、全体としては問題にならない、(3)公開企業においては所有と経営が高度に分離しており、経営陣が株主のみのメリットを重視するおそれは少ない、(4)非公開会社に対しては通常債権者の交渉力が強いから事前の契約交渉で十分保護を受けられるはずであるといったあたりです。それよりも(1)”In the vicinity of insolvency”の範囲が不明確なために法的安定性を害する、(2)企業の利益を重視というのは株主と債権者とのいずれかの利益を選択しないといけない場面においては何の行為規範性も示していないという問題を指摘し、株主中心主義が貫徹されるべきであると主張しています。

BainbridgeはCredit Lyonnais判決の考え方は必ずしも通説ではないし、デラウェア最高裁はこの問題についてまだ何の判断もしていないといいますが、Credit Lyonnais判決は否定されているわけでもありませんので、少なくとも実務的には無視しえない存在と受け止められているようです。

なお、Zipora Cohen, Directors’ Negligence Liability to Creditors: A Comparative and Critical View, 26 J. Corp. L. 351, 377-379 (2001)という文献は、会社がInsolventな場合に適用される信託財産理論と、Credit Lyonnais判決とを区別しており、前者はInsolvency状態の場合において取締役が債権者利益のみを考慮することが許されるとしているのに対して、後者は会社の利益全体を考慮すべきであるとしています。もはや株主利益を考慮すべきではないという状況が存在すること自体はたしかなところで、私的整理のケースとDIP型法的整理のケースとを区別する、あるいは債務超過である場合とそうでない場合とを区別するような考え方なのかもしれません。今日はこんなところで。
[PR]
by neon98 | 2006-02-10 08:16 | Corporate Governance
<< 証券取引法上の課徴金制度 シリーズ 日本のCorpora... >>

法律Blogよりも奥深いよしなしごとを目指して
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
検索
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
お気に入りBlog
最新のトラックバック
法律の英訳
from 明日は明日のホラを吹く-To..
今さらなんですが・・・
from はらほろとまひれ ~ 米国ロ..
英会話と留学
from 英語がしゃべれるようになる学習法
シンドラー社:労働組合と..
from 今出川通信
エリート法学部生は官僚よ..
from wrong, rogue a..
中央青山
from 1万人のための投資業
今頃危惧しても・・・制度..
from 法務の国のろじゃあ
PwCが日本で監査法人を..
from 法務の国のろじゃあ
[USA]こんだけ旅した..
from BBRの雑記帳
中央青山に一部業務停止命..
from 法務の国のろじゃあ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧