ねずみ講と法律事務所
(このエントリはAwake in a muddleさんの「ローファームというスポーツ競技・前編」「ローファームというスポーツ競技・後編」というエントリを拝見したうえで書いたものです。私自身もDavid B. Wilkins and G. Mitu Gulati, Reconceiving the Tournament of Lawyers: Tracking, Seeding, and Information Control in the Internal Labor Markets of Elite Law Firms, 84 Va. L. Rev. 1581 (1998)という論文(「修正トーナメント理論」は既に確認していますが、多くの点をAwake in a muddleさんのエントリからの参照によることを明らかにしておきます。Blogを非公開にされておられ、細かな引用を望まれないと思いますが、この点を明確にしておくべきと思いましたのでここに記載しておきます。むろん本エントリにおける誤りなどの一切の責任は私のみに帰属します。)

1. なぜローファームは大規模化するのかー「トーナメント理論」

様々な法分野で規制が複雑化したこと、M&Aや証券発行を中心とする大規模かつ複雑な案件が増加しているところ、このような需要に応えるためには特定の分野に特化した弁護士が必要不可欠である。専門分野への特化は当該弁護士にとってリスクを伴うため、収益の安定化のためには人的資本としてのポートフォリオを分散化させる方が望ましい。こうした背景をもとに法律事務所は大規模化を遂げてきたというのが一般的な理解であろう。

モデル論としてよく知られているのが「トーナメント理論」といわれるものである。これによると、ローファームという組織はパートナーに昇格するためのトーナメントとされ、アソシエートの中から一定割合の者をパートナーに昇格させるという約束により、内部での競争を促進させ、アソシエートの監視コストを低下させるというものである。このメカニズムが機能するためにはパートナーとアソシエイトとの間の比率が一定に維持される必要がある。それがゆえにローファームは大規模化していくというのである。

2. 修正トーナメント理論

前述の修正トーナメント理論はこのようなモデル論を一部修正する。この理論が提示するのはより悲しく残酷なモデル論である。要するにアソシエート間での競争たるものは不完全なのであって、一部のアソシエートは対等な競争者としてみなされず、使い捨てにされるアソシエートが存在するというのである。以下、純粋な競争理論としてのトーナメント理論と比較しつつ、修正トーナメント理論の概要を説明する。

(1) 純粋トーナメントではない点

 ローファーム側からすると、全員に平等に指導・訓練を施すのは非効率である。多くのファームではパートナーへの昇格比率は10%以下にすぎない。指導・訓練に費用・金がかかることを考慮すると、全員平等に指導・訓練を施すのは非現実である。そこで、面白い仕事を担当するTraining-work associatesと定型的な業務を担当するPaper-work associatesに分類し、前者には個別指導のもとでの高度・複雑・非類型的な業務を、後者にはディスカバリ対応や文書作成などを担当させる。そして、後者は当初よりパートナー選考の対象とはならない。
 また、パートナー昇格の判断材料となるのはアソシエートとしての過去の実績ではなく、将来の予想実績である。過去にアソシエートとして十分な実績を積んだにも関わらず、パートナーにしないことが合理的である場合がある。また、選考委員となるべきパートナー自身が自らの子飼いのアソシエートをパートナーにするとおいうインセンティブを有している。
 さらに、アソシエート側の要因として、そもそもパートナーになるインセンティブを有していない者が多数存在している。ローンの返済を終えるまでの間に限定して大規模ローファームで働き、その後は中規模ローファーム、インハウス、その他に転職するアソシエートも多い。

(2) Paper-work Associatesのインセンティブ

 これだけだと定型的業務のみを扱うアソシエートはパートナーに昇格するインセンティブもなく、仕事が面白くもなく、適切なインセンティブを維持できないこととなる。そこで、彼らがローファームに残り続けるように高給が支払われる。ローンの返済を終えた後にも残り続ける者がいるのは一度あげた生活レベルを下げるのは容易ではないことを示しているのかもしれない。また、一定期間ローファームで働くことは職業訓練としても有用であるし、早々にドロップアウトすることは履歴書のためにもよくない。

3. 感想めいたもの

 要するに修正トーナメント理論は残酷なことに入り口段階でパートナー候補生は出身校・成績・職歴(Clerk経験の有無など)で絞られているというのである。私は日本においてはこのセクションに属しておらず、実感を持って評価することはできないのだが、米国での法律事務所での状況をみていると、修正トーナメント理論なるものが妥当する部分が多くあるように思われる。
 第一に、専門化・細分化されているだけに定形的なペーパーワークも多く、それらの業務だけを行う弁護士が(多くはオフカウンセルなる役職で)存在している。これらのペーパーワークのほとんどは日本ではパラリーガルないし事務局が担当しているものである。第二に、アソシエートの転職が非常に活発である。第三に、Non-Equityパートナーなるものを設置し、事実上Partnerになる経路を長くしつつある。第四に、新規採用されるアソシエートの学歴がエリート校とそうでない学校に2分される。こうした事実からして、修正トーナメント理論の残酷な部分が実行されている部分があるような気もする。

 仮に不公平な競争をさせるのが効率的であるとしても、働くアソシエートのインセンティブに影響してしまっては効率的であるとはいえなくなる。仕事が面白くなくても高給が保障されていれば働くかどうかと言われると、そういう割り切り方をしているアメリカ人も私の周囲には多いのだが、少なくとも金が第一の行動原理となっていない日本に持ち込むと大いに失敗するのではないかという気がする。現にアメリカにおいてすら、最近のアソシエートの離職状況はひどい(PipさんのLaw-Firm Life Doesn't Suit Some Associatesというエントリをされているのでご覧いただきたい。)。時間へのプレッシャーはきついし、仕事は単調だし、という理由で早々と離脱したアソシエートも少なくない。

 大規模化そのものがパートナーの収益を維持するために必要というのであれば、それが示す原理は「ねずみ講」と同じである。パートナーが収益を吸い上げるためには一定数のアソシエートが必要であるという原理だけで増大していると、いつかは崩壊するのは必然である。トーナメントの一番上の方にいる人間だけが儲かる組織であると理解された時点で、組織は崩れるであろう。大規模化するにつれ、コンフリクトのおそれが高まり、一定規模を超えると大規模化によって得られる損失が効用を上回ることは予想される。急速な法律事務所の大規模化はいずれかの段階で速度を落とすであろうし、そうすべきなのだろう。
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by neon98 | 2006-05-19 07:37 | LAW FIRM
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