カテゴリ:Corporate Governance( 18 )

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(3)―Henry FordとShareholder Primacy Norm
今日はHenry Fordという有名人を題材にShareholder Primacy Normと”The least said, the soonest mended” (口は災いのもと)という格言の関係について考えてみましょう。

Shareholder Primacy Normということで一番よく引用されるのが、DODGE v. FORD MOTOR CO., 204 Mich. 459, 170 N.W. 668 (1919)というケースで、有名なHenry FordとJohn and Horace Dodgeというフォードモーターの2人の株主の間の争いを扱ったものです。現在は巨大企業のフォードモーターも当時はHenry Fordが58%を保有する閉鎖会社であり、このDodge Brothersはフォードへの部品供給者であり、かつ10%の株主でもありました。ちなみに、現在クライスラーの傘下にあるDodgeはこのDodge Brothersの会社です。T型フォードの成功をみて、Dodge brothersはフォードへの部品供給を停止し、フォードの競争者として自動車市場に参入します。そのための資金源としてDodge brothersはフォード株を売却しようとしますが閉鎖会社であったため買主もおらず、さらにHenry Fordからは配当の一部の支払いを止められてしまいます。そこで、配当支払とその原資として事業拡大差止めを求めたのがこの事案です。

配当を支払うのか、内部留保により投資にあてるのかはまさに経営者の判断すべきことであり、Business Judgment Ruleの適用場面だと思うのです(当時の米国法は知りませんが)が、裁判所は以下のフォードの発言をとりあげ、配当を命じます(事業拡大差止めについえてはさすがに認めていません。)。
"My ambition," said Mr. Ford, "is to employ still more men, to spread the benefits of this industrial system to the greatest possible number, to help them build up their lives and their homes. To do this we are putting the greatest share of our profits back in the business."(引用は判決文より)
裁判所の判示は以下の部分に顕著にあらわれています。
A business corporation is organized and carried on primarily for the profit of the stockholders. The powers of the directors are to be employed for that end. The discretion of directors is to be exercised in the choice of means to attain that end, and does not extend to a change in the end itself, to the reduction of profits, or to the nondistribution of profits among shareholders in order to devote them to other purposes.
推測ですが、Henry Fordが「配当を留保してでも製品の価格を下げ、販売数量を拡大することが長期的に株主のためになる」とでも言えば裁判所もこのような結論をとりえなかったのではないでしょうか。ある意味正直なHenry Fordの発言は当時の平均的な経営者(もしかしたら現在も)の率直な気持ちをあらわしているように思えます。気持ちとしては理解できなくもないですが、経営者として正しい考えとはいえないでしょうし、少なくともOfficialな場面で発言するのはPolitically Correctではないということでしょう。

ちなみに、このHenry Ford氏は、機械工の身から、T型フォードを開発し、製品ラインの工夫により安い車を提供しつづけたことで大金持ちになったわけですが、第一次世界大戦を集結させるために”Peace”という船を欧州に送ったり、禁煙パンフレットを自主出版したり、ユダヤ人銀行家を差別する発言で物議をかもしたりしたことでも有名だそうです(Robert and Marilyn Aitken, Pride and Prejudice: The Dark side of Henry Ford, 32 Litigation 1 (ABA), 53 (Fall 2005))。ということで、横道にずれながらのエントリでした。
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by neon98 | 2006-01-30 08:12 | Corporate Governance

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(2)―株主中心主義
会社法の世界では企業は株主のものであると習います。アメリカのロースクールでもShareholder Primacy Norm(株主中心主義)について議論をします。日本のCorporate Governanceを考えるといっても軸足がぶれてはなりませんので、株主の利益最大化が会社を取り巻く関係者の利害調整の原則になることを確認しておいてから話を進めたいと思います。株主中心主義といっても、これは株価を上昇させることと同義ではありません。また、取引先・債権者・従業員等の関係者の利益を否定するものでもありません。長期的に企業の利益あるいはキャッシュフローを高め、株主の利益を最大化することが企業の存在意義であるという原則論は日本でも広く受け入れられています。少なくとも法律学のレベルでは、株主中心主義という概念は日米ともに「通説」であるといえると思います。

ただ、米国で法律学者の書く論文を読んでいくと、法と経済学の概念が浸透しているせいか、会社法の条文構造に着目するというよりも、社会経済の実態を比較して「法」なるものを考えます。商法という会社に関する法規のレベルではとっくの昔から株主の利益最大化と概念が発達しているのですが、高度経済成長期の日本では政府やメインバンクの介入があったり、株式持合いにより資本市場が機能しなかったと批判され、米国から見た場合に「日本は資本主義社会ではない」などと言われる原因であったりもするわけです(個人的には悪い点ばかりではないと思いますが)。

「土地神話」「バブル崩壊」により状況が一変したことは皆さんご承知のとおりで、私が高校生くらいの時に崩壊したバブル経済から(一時回復するかと思われつつ)現実に回復したといえるのは昨年後半くらいではないでしょうか。外為法が改正され、会社法は柔軟な組織再編を認め、外国資本を受け入れながら日本経済はようやく回復の途につきつつあります。外国人株主の増加により企業を取り巻くカルチャーなるものも変化し、総会屋対策を中心とした株主総会指導も近年は見られなくなりました。従来よりも企業が株主の利益なるものを考慮するようになったといえ、コーポレートガバナンスを巡る実務が変化してきたということが一般論としていえるだろうと思います。

取引先の利益を確保する、従業員の福利厚生を考える、債権者を大切にする、これらの現実的行為のほとんどは株主中心主義と両立しうるものです。松下があれだけの広告費をかけ、生命に危険のある製品を回収にあたった事実も株主利益の最大化という原理の中で説明が可能だと思います。この概念を否定してコーポレートガバナンスは成立しえないものですから、基本原理であることをまず確認しておきました。

とはいえ、限界事例は存在するもので、例えば既に事業の清算を決めているA社が過去に製造し、ブレーキに異常のある自動車を回収するかどうかの判断や、従業員の多くが反対する企業再編など、ケースバイケースで本当に株主のみの利益を重視した判断がいいのか、議論になりうる余地があるのも事実だということも指摘しておきます。株主利益を守る仕組みが狭義のコーポレートガバナンスだとすれば、消費者保護、労働者保護、債権者保護、刑法など別個の規制があるわけで株主利益を犠牲にしても守らなければならないものがあることも事実です。企業倫理を限界事例でどう位置づけるかは永遠の課題ですね。倫理を守るか、倒産するかというのは答えのあるような問題じゃないような気がします。なんか教科書みたいで面白くないので、次回は少し横道にずれながらいこうと思います。
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by neon98 | 2006-01-29 00:10 | Corporate Governance

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(1)―序文
ライブドアの事件発生以降、アクセス数が異様に増加しているのですが、匿名で細々と書いていくのが目的なのでこれ以上アクセスを増やすことにはあまり意味を感じていません。毎日少しだけとても有意義なコメントやトラックバックを頂いて教えていただく、頭の中で整理されずにモヤモヤとしているものを記事にしてしまうことにより整理をして記録化する、下らない日常ネタも時々混ぜていくという現在の運用に満足しているので、ライブドアの件からは戦線離脱いたします。

しばらくは「シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える」なんてNHKの特番みたいな大袈裟なネーミングで絵空事を論じていこうと思います。米国法を学ぶ際に良い点は素直に見習おうという気持ちと、過度の欧米信仰に対する反感との中で揺れ動きながら日本の仕組みについて考えていると、ある意味ナショナリズムに近い感情が生じてきます。多くのインテリの方は表面に出しませんが、アメリカ型システムは世界で一番だと95%のアメリカ人は思っている(数値は推定です^^)わけで、そういう意識を垣間見るときはすごい自信を素直に評価しつつ、「馬鹿やろう。日本人の凄さを知らない癖に。」と思いながらにっこり笑って素直にアメリカを誉めておくことにしています。

とはいえ、まだまだアメリカを含め諸外国から学んでいかないといけないことが多いことは素直に認めざるを得ないわけで、これからも外国制度研究は政策論としても実務家の課題としても重要であることには違いないわけです。ということで、浅はかなナショナリズムと冷静な議論とを整理しつつ、お勉強していこうと思っています。

「実は俺たちすごいんです。」と言えるかどうかわかりませんが、ビジネススクールの友人から聞いたトヨタとその取引先の関係って実は世界的にすごく面白い事例じゃないかと思うのです。トヨタは部品納入先に対して力をつけることを要求し、ホンダなど他のメーカーにも納入することを逆に推薦したりしているわけです。トヨタは有力な部品メーカーの一定の株式を保有し、長期的な関係継続に対してある程度のコミットメントをすることにより、取引先がトヨタとの関係に投資を継続できる環境を維持しながらも、それなりの要求を出し続け、取引先は常にトヨタからのプレッシャーにさらされながら経営改善に努力をし続けなければならないという面白い仕組みになっています。

大袈裟なタイトルをたちあげたわりに実は何を書こうか決めていないという典型的な企画倒れの危険がある企画ですが、ライブドア事件で疲れてきた心を癒す絵空事としてお付き合いください。ということで、次回は基本のShareholder Primacy Norm(「株主中心主義」とでも訳しましょうか)あたりの話からいきましょうかね。過激なことは申し上げるつもりはありませんし、ありきたりの議論にとどまると思いますので、期待せずにおまちください。ああ、アップしてしまったけど、3回目くらいまでしかネタがない…。
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by neon98 | 2006-01-28 01:46 | Corporate Governance

コンプライアンスの制度論v.運用論
中嶋 忠三郎『西武王国ーその光と影ー側近No.1が語る狂気と野望の実際(サンデー社)という本をたまたまブックオフで発見し、安かったので購入しました。安かったのでと断った程度ですので、是非お薦めというわけではありませんが、なんとなくそれを読んでいて思ったことを書いてみようという気になりました。
西武鉄道の有価証券報告書訂正問題など、相次ぐ不祥事に揺れる西武グループ。その頂点に君臨してきた堤康次郎氏と義明氏父子の側近として40年以上仕えた著者が、その歴史と内幕を赤裸々に綴った書。著者は1998年に他界している。本書は今から15年前、90年に上梓されたが、発売直前になって西武側により全冊買い取り回収され世に出ることはなかったという、曰く付きの書である。
著者は、元裁判官で堤康次郎・義明両氏の側近社内弁護士として、西武グループの中心にいた人物のようで、堤康次郎氏に対する畏敬の念をあらわし、西武王国全社員に早々の精神を喚起させることを目的とした本として本書を書かれています。本書では、初期の西武グループの成長に伴う色々な事件を回顧し、堤康次郎氏の対応や著者自身の考えなどを述べておられ、事実を客観的に記載するというよりは社是あるいは草創の精神なるものを強調したものになっています。関係者に対する悪意をさほど感じさせない点で、いわゆる告発本とは少し色彩の異なる本であり、また客観的事実を中心とした記載になっていない(事件の当事者としての回顧録である)点で資料的価値はさほどないかもしれません。守秘義務はどうしたのかとか、色々と問題はあるはずのですが、そのあたりはまあ気にせずに読んでみました。

率直な感想は、(1)社内弁護士の立場の人においてすら、牧歌的なコンプライアンス意識を感じさせる時代背景だったのだろうなあ、(2)上場廃止という問題は起こるべくして起こったのだなあという2点です。彼の文章からはコンプライアンスなる意識はあまり感じさせません(選挙違反事件の感想は「担当者がまじめすぎた」「うまくやれなかった」など)し、どちらかというと法律をご存知の経営者としての経営論として読むのが正しいのかと思います。西武グループの成長の経緯、内部での意思決定プロセス(取締役会なるものが存在した形跡がない)、オーナー企業としての実態、親族間の感情などに関する記述を読んでみると、「昔ながらのやり方でずっと昔ながらにやってきて、起こるべくして起こった事件」という感じがしてなりません。

個人的には、ライブドア事件がどのような反応を引き起こすのか、いささか不安を持って眺めています。エンロンを契機としてSOX法という反応に関しては揺り戻しがあるように思っていますし、過剰反応は禁物だと思うのですが、制度改正という議論がなされるべき部分があるのかもしれません。

何か企業不祥事が発生した場合に、腐ったリンゴとしての一事例にすぎないのか、制度的手当てが必要なのかという議論はいつも起こりうるテーマで、いつも興味深く聞いているところです。私の本質的な法制度に対する見方として、人間のインセンティブに反する法は効果が薄いというものがあり、制度論としては当事者に高いモラル付けを要求するシステムよりは当事者のインセンティブ付けを重視したいところです。

割り切った言い方をしてしまえば、事前の規制として幾らCorporate Governanceモデルを充実させようとしても、所詮運用するのは人間のこと、何か問題が常に生じ続けるわけですから、事後の規制としてのサンクションをもっと厳しくしてしまうアプローチだって十分説得性があると思わないでもありません(単純すぎる構図ですけど)。制度をいじって社外取締役を事実上義務化するという方向付けよりも法のEnforcementを強めるべく、予算や人員配置をいじることの方が実効的なのかもしれません。

当事者のインセンティブに合致しないシステムであれば、可能な限り合致するように制度的手当てをするべきだと思いますが、企業不祥事のたびに叫ばれる制度改正論に対しては慎重に反応していく必要があるのではないかと考えています。あくまでも一般論としてのエントリにすぎませんので、その点はよろしくお願いします。
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by neon98 | 2006-01-22 15:33 | Corporate Governance

内部統制懐疑論(2)
昨日のエントリに多数コメントを頂き、ありがとうございました。あまりシニカルに見過ぎないように努力はしているところなのですが、なかなかそういう発想から脱却できないでおります。懐疑論のポイントは(1)法令上の内部統制の概念が米国よりも広いものとなっている、(2)それに対して開示と監査(会計監査の一環としての監査人による監査・監査役設置会社における監査役による監査)がなされることになっているという点です。

米国におけるSOX404条が財務報告に対するものとして定められており、それ以外にSOX302条が開示統制を追加しているのに対し、現在日本で想定されている内部統制はより広いものとなっています。すなわち、新会社法は、
取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備
と定め、株式会社の業務の適正を確保する体制に関する法務省令案について経団連と法務省との間で激しいやりとりがなされているものと聞いています。

米国における内部統制監査もCOSOレポートを題材にしているとはいえ、internal control over financial reportが中心で、法令遵守に関しては開示についてのみSOX302条でカバーされているところです(SOX302上には公認会計士による監査はない)。これに対して、日本の内部統制概念はCOSOレポートをベースとした(1)業務の効率性(2)財務報告の信頼性(3)法令の遵守(4)資産の保全(企業会計審議会報告)を対象とした広義のものとなっています。

(2)および(4)を公認会計士の方々が担当するというのはよく理解できるんですが、(1)と(3)となると誰がふさわしいという以前に、監査の対象にするのがおかしいとすら思うわけです(後述のように会計監査に取り込まれているのかどうかちょっとよくわからない点があります。)。法令の遵守、業務の効率性の確保なんてことはまさに取締役および経営陣が判断すべき事項であって、それを第三者が評価すべきこととは思えません。法令を遵守しているかどうかといえば第三者評価になじむとは思うのですが、ここでの議論は法令を遵守するにふさわしい体制を維持しているかどうか、誰かが評価するという点です。色々な手段が考えられるところで、何がいいとか他人がとやかくいうところではないと思います。

会計監査人による内部統制監査がなされ、内部統制の評価に関する監査報告書により意見表明がなされる(企業会計審議会報告)とありますが、条文を確認すると内部統制体制については事業報告として監査役監査(会計監査人ではなく)の対象となる(新会社法436条・株式会社の業務の適正を確保する体制に関する法務省令案6条)ようです。矛盾しているようにみえるんですが、これはどう理解したらいいのでしょうか?

内部統制というのがごちゃまぜ丼みたいな概念だとすれば、中に入っている具材の特性をよく考えずに、一律に会計監査に取り込むとか、一律に報告対象にするとか、一律に監査役監査に取り込むとか、そのような対応が望ましいのかどうか、疑問のあるところです。ガバナンス体制も色んな工夫が見られるべきところ、内部統制という多分に誘導的な概念(中身はないにもかかわらず誘導的だといえると思います)により、ある望ましい体制というものが法により強制されていないかという点が気になります。

法務省、経済産業省、金融庁とそれぞれの思惑があるようですし、経団連の反発も大きいようで、まだまだ内部統制の方向性はみえてきません。個人的には従来の善管注意義務のEnforcementをより強化することで十分対応できるのではないかと思ったりしているところですが、愚痴っぽくなりますので今日はこの辺で。
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by neon98 | 2006-01-14 08:19 | Corporate Governance

内部統制懐疑論(1)
単に私がお馬鹿なのかもしれませんが、文献を読めば読むほどわからなくなる内部統制論であります。やれと言われたからどうやってやればいいか検討しましょうねという作業をされている方はたくさんいらっしゃると思いますし、そのような作業であれば私もやっていこうと思うのですが、そもそも内部統制が従来の会計監査+コンプライアンスとどう違うのかとなると答えがわかりません。

アメリカ流のガバナンスを輸入するだけというスタンスがすごく嫌いな私としては、どうせやらないといけないのであれば「有意義なものであり、効率的な設計が可能である」と信じて取り組みたいところです。「内部統制」という用語には、「コンプライアンス」「システム監査」などと同じような商売っ気を感じてあまり好きになれないのです。

色々と考えてもない頭ではわかりませんので、一度懐疑論を展開して、間違っていることをご指摘いただこうという趣旨で内部統制懐疑論を展開していこうと思います。私が内部統制は有益だと信じたいためのプロセスですので、私がいつの日か、クライアントに「内部統制をもっと充実しないとえらいことになりますよ。」と口にしていても、二枚舌などと批判しないでください^^。また、おおいなる勘違いがたくさんあると思いますので、ご指摘歓迎いたします。

1. 会計監査の観点から

会計監査の一環として、例えば在庫の管理方法をクライアントに聞き、一部の在庫をピックアップして棚卸作業に立会い、これでOKですよ、という作業は従来から当然になされていることと思います。これを超えて統制システムそのものを評価するということは何を意味するのでしょうか。企業内部の監査の仕組み(ITシステムにとどまらず、仕組み全体)を評価するということであれば、決算そのものに特段問題がなくても、プロセスが不適当な場合には統制システムが不適切であると評価しないといけないことになります。そもそもそんなことってできるのでしょうか?

アメリカで、実際に内部統制にmaterial weaknessが存在していたと公表した企業のリリースをみると、不適切な会計手法が具体的に指摘されているものばかりです(そうでないものがあるのかもしれませんが)。例えば、ある合併取引の差益計上について誤った会計手法を採用しており、material weaknessが存在したという具合の公表です。誤った結果を先に発見し、それに伴う原因を公表するというプロセスであれば、あえてこれを内部統制と言う必要はないし、会計監査と別個に扱う必要はないと思います。

仕組みを評価するということでは、システム監査と類似するものになるのでしょうか。企業内部での内部監査体制については企業ごとにマチマチの対応をしているところを、独立した第三者を入れていればそれでOKなどという一義的な対応を促したりしないでしょうか。アメリカ式の独立性万歳みたいな議論はあまり好きになれないところでして、それぞれの業態に合致した内部監査体制を許すだけの余地は残してほしいものです。

2. コンプライアンスの観点から

これも法令遵守を社内に徹底することとどう違うのでしょうか。コンプライアンスに加え、敢えて内部統制という以上は法令遵守を徹底するシステムそのものに評価が加えられるのだと思います。チェックする人間を一人増やした、第三者を介在させた、チェックプロセスを変えた、インハウスロイヤーを雇用した、そういう外形的な部分での対応が迫られるのでしょう。なかなか法令遵守が徹底されないから「内部統制」という呼び方をするーきっと新しい概念を打ち出した方が全社的に対応するだろうー思惑ならば理解しやすいのですが、そういう元も子もない理解をするわけにはいかないところです。

3. プロセス評価の弊害

内部統制論の重要性はプロセス評価にあると理解しています。取締役の監視義務の一内容として、粉飾決算や違法行為を防止するための体制整備をする必要性までは導けると思うのですが、内部統制と取締役の権利義務との関係は未だよくわかりません。

いずれにせよ、プロセスそのものを評価していくということなので、内部統制の結果はプロセス中立的ではありえません。企業の規模や業務内容などに応じて異なる体制が許容されるとは思いますが、プロセスとしては一定のもの(独立性・専門性・迅速性等)を志向しているはずです。内部統制部というものを新たに設置し、そのトップに弁護士や会計士をおいたらOKみたいな発想になるのも理解できるところですが、それだとなんだかつまらないなあと思うわけです。

会計監査・法令遵守を充実させようという取り組みにはむろん何の異論もないわけですが、内部統制はこれと何が違うのか、プロセスを評価するということが果たして可能なのか、弊害がどのようにあらわれるのか、などと考えているところでして、たぶん次回もこの続きということになると思います。
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by neon98 | 2006-01-13 06:03 | Corporate Governance

内部統制に魂を入れることができるのか
内部統制という言葉がしきりに使われるようになったのは、ここ数年の話で直接の契機はSarvanes Oxley法404条が制定されてからの話になります。実は、このあたりの話はどちらかというと会計士さんの分野と認識されていて、弁護士の中で内部統制について必死に勉強されている方は珍しいと思われ、私もその例外ではありません。このあたりはToshiさんのBlogでへえーと思いながら勉強させていただいている分野でして、ぼちぼち追いついていこうと勉強を開始した程度の段階です。従って、とりあえず感想めいたことを書きとめておいて、後日知識を追加していくことにより、直感的な感想を実証していくというスタイルをとりたいと思います。

1. なぜ内部統制ということが叫ばれるようになったのか?

これは内部統制の範囲をどうとらえるかという問題とも関連します。会計監査の一方法としてとらえるのか、より広く法令遵守、企業経営との関連でとらえるのかとも関係するでしょう。エンロン事件後のSOXについては過剰反応という評価をするのは簡単なのですが、その評価もやや慎重性に欠くような気がします。

内部統制は、少なくとも日本国内での時代の流れには沿っているといえるのかもしれません。かつては当局主導で行われていた金融機関の法令順守が金融検査マニュアルによって検査体制の問題に移行しつつあるように、行政の役割の変化ということがまず大きな流れとして指摘できるように思います。行政による企業経営の介入というものが大きく後退し、むしろ情報開示・企業内部での検査体制の検証という部分に法の役割が移行しつつあるということはいえるでしょう。

ただ、法令遵守のための内部監査体制を整備するというのはずっと昔からの課題であったわけで、それが何故現行SOX制度に取り入れられることとなったのかというのはよくわかりません。取締役の義務違反という問題からすると、不祥事が発生した場合にその防止のために十分な注意義務を果たしていたのかというのはずっと昔から意識されつづけたきたことです。昔から意識されつづけてきたことが法制度として取り入れられるということは、どういうことなのか、すなわち取締役による自主努力に加え、規制を強化することが有益なのかという議論がありうると思います。

2. コストパフォーマンスとしてどうか

投資家保護のために役立つとはいってもやはりコストパフォーマンスは気にしなくてはいけません。特に公開企業でもさほど大きくない企業に対しての規制としてどうなのかという観点は当然必要でしょう。

3. 内部統制の開示の問題

開示をすることはいいことだとはいえ、内部統制という概念がひどく幅広く、手法としても色々とあるところでしょうから、開示をしたところで比較検討が可能になるものなのか。すなわち、本当に投資家にとって有益な情報となるのかということは気になるところです。

4. 従業員のモチベーションとの関係

残念ながら制度だけ作ってみるという反応が予想されると思うのですが、それが従業員の事務負担になり、やる気を阻害しないかということは気になります。意思決定プロセス、仕事の自由度の面において日本企業の従業員に与えられた裁量は比較的狭いように思います。付加価値という意味では無益な内部業務がさらに増えるということに関し、皆さんがどのようにかんじられるか、具体的な設計が非常に難しいのではないでしょうか。

勉強不足ゆえなのでしょうが、具体的に何をするの?というあたりがまだまだ見えてきません。たしかに不祥事防止という必要性はあるにせよ、内部統制がどれだけの抑止効果を持ちうるものになるのか、私にはまだまだよくわかりません。西武グループの不祥事が防止できるような制度設計と言われると、うーん。。。という感じです。やれと言われるから、制度は作ってみたものの。。。ということにならないように思考錯誤していくんでしょうね。直感的な感想はやや否定的ですが、意見を固めずに少し慎重に考えていこうと思います。
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by neon98 | 2005-12-11 16:46 | Corporate Governance

S-O法は企業不正を防げるか
Tyco's Ex-Chief and Top Aide Are Convicted of Grand Larceny.

Tycoの旧経営陣の「横領」に対する有罪判決がされたのを契機にして少し思うこと。(注)LarcenyはCommon Law上、窃盗に相当する犯罪だが、NY法上は窃盗、横領などの財産犯を広く含む(出典はBarBriにより得た浅い知識)。

サーベンス・オクスレー法制定の直接の契機はエンロンの破綻に伴うものだろうが、その後発覚した一連の企業不正事件(Tycoをふくむ)の影響も大きい。こういう不祥事は、例外的な「腐ったりんご」なのか、システム上の欠陥に基づくものなのだろうか。

Tycoがエンロンと明らかに違うのは、エンロンがストラクチャード・ファイナンスを巧みに利用した会計不祥事の色彩が強いのに対し、Tycoは会社の財産を私物化した典型的な犯罪であること。
ちょっと考えがまとまっていないけど、S-O法の評価をめぐる文献を幾つか(受験終了後に)読んでみたいと思っている。でも、少なくとも、こういう古典的な犯罪の領域って、規制を強化したからどうなるというものでもないような気がする。独立取締役がいれば大丈夫とかいう議論と違うんだろうね。

P.S. $2millionの誕生日プレゼントって何だろう。
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by neon98 | 2005-06-18 11:30 | Corporate Governance

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