カテゴリ:よしなしごと( 76 )

あれから11年ーいささか個人的なこと
11年前の1月17日のことはやはり忘れることはできません。私自身の被害はたいしたものではなかったのですが、当時考えたことが現在の私にたいして影響を及ぼしていると思うわけで、毎年この日が来るごとに考えごとをしてしまいます。

20歳の成人式を迎え、旧友たちと深夜まで飲み明かした1月15日から1日と数時間が経過した早朝のことでした。寝ている私の真下からドンっという衝撃が続き、部屋の中の本棚・タンスなどが数秒の間に崩れ去るのを呆然と眺めていました。幸い、家の中の誰も下敷きになることはなく、家にも重大な被害はなかったのですが、生活インフラが崩壊し、交通も麻痺し、死者が増えていくニュースをラジオで聞きながらの生活は忘れられないものがあります。数ヶ月後に地下鉄サリン事件が起き、それ以降阪神大震災に関するニュースはあまり注目を浴びなくなりました。

「事件が風化する」という言葉は否定的なニュアンスで使われますが、つらい記憶を忘れてこそ、新しい生活に取り掛かれるという面があるので、自然のままに忘れること自体を否定的にとらえる必要はないと思います。ただ、教訓めいたものを忘れることとは少し違うのではないかと思っているところです。

「安全と水はただ」とよく言われましたが、この頃から危機管理ということが徐々に叫ばれるようになった記憶があります。当時の村山政権の対応は危機管理という意味で赤子に等しいもので、然るべき情報が国家の最高責任者に適正に伝達されていないということを感じたものです。阪神高速道路が倒壊している情報を既に中央に報告しているのに何も動きがなく、ゴルフに興じておられた様子や、救助犬が検疫を通過できず、海外からのボランティアがいらだつ様子などが報道されました。

中央では何も情報が把握できていない中で、迅速な対応をされたのが自衛隊の方でした。自衛隊法の災害支援に関する条文を利用し、現場の判断で災害復旧に動いたのが自衛隊で、地震発生後数時間の間に崩壊したビルの中での人命救助作業にとりかかっていました。自衛隊・警察・消防の方々には足を向けて寝られないなあと思ったことをよく覚えています。

ボランティア革命ということが言われだしたのもこの頃だと思います。お上に頼るということでは駄目だという認識が共有され、各地から支援物資をたくさん頂戴しました。被災地の中で比較的被害が軽かった私どもの地域からも(私も含めて多数が)ボランティアに参加しました。ボランティアというと美しいものととらえがちですが、現実には統制のとれていない若者の集団という面も多くあり、リーダーシップということの必要性を実感しました。マスコミ報道でとりあげられる地域にはたくさん支援物資が配分されるがそうでない地域にはいきわたらない、支援物資の仕分けなどバックアップの仕事はたくさん人手が必要なのに目立たない仕事にはボランティアが来ない、支援と「施し」の区別がなされていないなど、問題点もたくさん見つけられたと思っています。

関西には地震がないと皆が信じていました。そういう意味で被害者自身に十分な備えがあったとは思いません。ただ、日本という国全体で危機管理という精神が備えられていたのかというと、反省することは多く、その反省が現在に活かされていくことを強く希望する次第です。11年の歳月を経て私の中でも徐々に震災の記憶は風化されてきました。このこと自体は肯定的にとらえつつも、教訓なり、当時に考えたことは今度に残していきたいと強く思います。マニュアルを作成することまでは誰もがします。それを超えて人を動かすことこそ「危機管理」といえるわけで、色んなところでそれが根付くかどうかが問われていくのでしょう。
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by neon98 | 2006-01-17 12:54 | よしなしごと

日本の政治経済に対するアメリカ人の見方
どうも久しぶりにエントリをしていると、うまくまとまらない・・・。まあいいかと感想程度にアップ。

日本関係のビジネスに携わっている米国企業の方々の会合に出席する機会があって、ある方の基調講演を楽しく聞かせていただいた。小泉政権に対する見方などは私などが常日頃感じているところと共通するものがあって、興味深く拝聴した。

彼曰く、
1. 小泉政権は世論を上手く操っている。対中国・韓国との関係では自らが靖国参拝により不安定要素を掲げながら、対外的な不安要素を強調して日本国内での求心力を高めている。郵政民営化の議論では具体性の欠ける双方の主張をうまく改革派VS現状維持という構図に持っていった。
2. 小泉政権が何をしたいのかは依然として不透明である。郵政改革といっても何も具体像は見えて来ないし、それ以外に何をしようとしているのかはわからない。
3. 経済は概ね好調である。ただ、この好転が改革の後退要素となりかねない。
4. ポスト小泉が予想できない。現在の路線が維持されるかどうかは不明である。小泉はキングメーカーとなるだけの資金力を維持できないだろうから、一線を退いた後に党内に影響力を残せるかどうかは不安である。
他にも色々と話をされていたが、話の大筋は以下のような内容だった。
90年代から外国証券が日本へ参入したものの、リテール部門では惨敗に近い結果で終わり、日本でのビジネスは欧米とは違い、中国よりも難しいという認識が共有化されてしまった。不景気の間に日本人のメンタリティーが変化しつつあり、過去の政府主導型・銀行主導型産業育成というものから変化しつつあるとも思っていたが、超安定政権・経済状況の好転により旧来の手法が戻ってこないか、やや不安を感じている。
企業を取り巻く文化という意味ではアメリカ化しつつあり、少しずつ理解しやすくなりつつあったのに今後の進展に不安を残すという見方は、アメリカ人からするともっともなんだろうななどと思いながら、アメリカ型システムの方が優れている暗黙の前提に対して、反感を持ったりもしていた。

例えば、Corporate Governanceという議論に絞ると、世界的にある一つの理想系のモデルに帰着するという議論はナンセンスそのものであると思っている。アメリカという環境で仮に社外取締役制度が望ましいという実証研究が得られたとしても(実際にはまともなものは存在しないはず)、それをそのまま日本に持ち込むのはどうだろうかなどと思ってしまう。企業のことを一番よく知っている企業内の人間がその重要事項を決定するというシステムが、社外取締役モデルに劣るなどと誰が言ったのか?これは選択の問題であり、一つのモデルに収斂されるというのはナンセンスであり、政策論としても間違っていると思う。インテリの方々は上手にアメリカ絶対優位理論をお隠しになるけれど、時々こぼれてくる根拠のない優越感に対しては挑戦的になってしまう。
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by neon98 | 2006-01-06 02:43 | よしなしごと

謹賀新年
あけましておめでとうございます。
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昔、ツルモク独身寮という漫画で、宮川正太という主人公のオヤジが正月に偉くはしゃいで、年を越す瞬間にジャンプしているシーンがありました。
母さん、見たか、ワシは年を越す瞬間、地球上におらんかったぞ!
などといいオッサンがはしゃいでいる姿に、お馬鹿な僕はいいなと思ってしまい、それ以来、毎年、年越しジャンプをしています(嫁にはやめろと言われつつ)。

ところが、昨日は・・・・・・。

大掃除を頑張って、多少アルコールを入れた段階で年を越す前に寝てしまった・・・。

この汚名をはらすべく、今年一年頑張りますので、どうぞよろしく^^。
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by neon98 | 2006-01-01 21:27 | よしなしごと

来年もよろしくお願いいたします
今年一年お世話になったお礼を申し上げます。ブログというツールを通して、皆様に色々と教えていただいたり、読んでもらったりすることが色々と刺激になっています。龍宮城から浦島太郎として帰還するであろう日まであと半年と少しの予定です。その間、法律家として考えたこと、日本人として思うことなどテキトーに書いていこうと思いますので、来年もどうぞよろしくお願いします。皆様とその周囲の方の来年の幸運、頑張り、卒業、合格、健康、目標達成、大儲けetc...を心から願っております。
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May the New Year turn out to be the happiest and the best for you.
                                       From neon 98
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by neon98 | 2005-12-31 23:59 | よしなしごと

続・地図を燃やすー新年に向けて
少なくとも、日本時間では2005年最後のエントリになる。

以前、地図を燃やすという自己陶酔的なエントリをしたことがある。小沢征璽の言葉を沢木耕太郎がとりあげたものだ。沢木耕太郎の象が空をⅢ 勉強はそれからだという本を読み返していて、小林照幸氏の解説が気になった。
(引用開始)
三十までは何でもできると思っている。ところが三十すぎると自分に可能なことが、地図のようにはっきり見えてくるんですよ。
沢木氏は三十二歳のとき、この言葉を振り返り、こう書いた。
二十代の私には、やはりすべてが可能だという幻想があった。地図が見える未来がやってくるなどということを信じてはいなかった。そして、いま、私も三十を過ぎて、小沢征璽の言葉の意味がある生々しさをともないつつ明確になっていくような気がしてならないのだ。
とはいっても、「だが」との思いもある、として、自分は例外でありたい、脳裏に浮かび上がる地図を燃やし尽くすにはどうしたらよいか、という切迫感を綴っている。
同時に沢木氏は、四十歳を過ぎた小沢氏と再会したら、
前に進もうとすると、見えていたはずの地図の道が陽炎のように消えていた。
きっとこのように述べるのではないか、と考える。
何の世界であれ、創造力を持っている人の心は若い。肉体的な老いは仕方ないことであるが、心に若さがある限り地図なんか見えてこない、と私は思いたい。(引用終了)

来年はどんな年になるか。地図なんか見えてこないと私も思おう。
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by neon98 | 2005-12-31 13:44 | よしなしごと

文章とはー国語の入試問題
昔から国語の入試問題がすごく苦手で、特に小説の一部分のみを読ませ、「この時の「ボク」の心情を次の中から選びなさい」などと聞かれたときには、「なんでお前にわかんねん。お前、著者とちゃうやろ」という反感がどうしても抜けず、「間違える」ことが多々あった。

高校の国語の先生には、「女の子の方が国語が相対的に得意なことが多いのは素直に文章を読めるからで、あなたのようにケチをつけようと突っ張って読んでたらわかるものもわからないわよ。」、とよく言われた。それでも、答えが一つである、ということに対しておぼえる反感を消しきれなくて、素直に入り込める文章かそうでないかによって試験結果が大きく変動するという危うい状態のまま(実際、試験本番で痛い失敗をするのだが・・・)、大学入試を乗り切った。

統一的な理解の仕方を求める方式には今でも大反対であり、「そういう読み方もあるね。面白いね。」と言うことの大切さを僕は尊重したいのだが、それはさておき、入試問題のもととなった著者が入試問題を解いてみたらどうなるか、沢木耕太郎がエッセイを書いているので、ご紹介したい。

勉強はそれからだー象が空をⅢというエッセイ集の中で、沢木耕太郎が自らの文章がW大の入試問題に使われた場面について「ごめんなさい」というエッセイを書いている。
まるで答がわからない。《右の文中の傍線Bで、筆者はどのようなことを言おうとするのか》と訊かれても選択肢にある五つの文章のどれもが違うような気がする。《右の文中の傍線Dは具体的にはどのようなことか。筆者のあげた例に即して、五十字以内で、記述解答用紙欄に書け。》と命じられても、とても五十字ではまとめられない。とにかく、問のすべてにわたって、自信をもって答えることのできるものがまるでないのだ。
これを受けて単なる入試批判に終わらないのがこの人の優れたところで、彼は何人かの友人に入試問題を解いてもらって、著者以外の全員が同じ答を選択することに気がつく。
著者ができないからといってその問題に欠陥があるということにならないことを知った。著者ができないのは、恐らく、自分の文章に対する過剰な自意識とそれと同じくらいの無意識とがあるからなのだろう。自分が自分の文章をもっともよく理解しているというのは単なる錯覚に過ぎないのかもしれない。少なくとも、私が問に答えられない箇所の多くは、文章の流れに従ってほとんど無意識に書いている部分だった。
それぞれ色んな文章の書き方があると思うが、私は思いついたことをどんどん書いていって書きながら構想をねりあげるタイプである。読み直せば読み直すほど、自分の頭の中が整理されていって、何でこんなこと書いたのだろうと思うことも少なくない。一応完成した文章であっても、その日の気分によって自分の文章の解釈が異なってきたりもするので、なんとなく沢木耕太郎の言わんとすることがわかるような気がした。文章とは客観的でありえないし、自らの中でも統一的な意味を有しないものなのだろう。
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by neon98 | 2005-12-30 01:16 | よしなしごと

目の前にあるもの
留学に来てから様々なバックグラウンドの方と接する機会がある。同じ法律を扱う仕事であっても、官公庁出身者、企業法務部出身者、裁判官、検察官、弁護士と職種もバラバラであれば、その中でも扱ってきた仕事の種類なども様々である。同じ法律を扱う場合であっても制度設計をする人と、それを利用する人とで全然発想が違うんだなあと思うことがよくあって、今日はそんな話を少し書いてみたい。

司法試験を受験することを決めたときに意識したのが、「現場にいたい」という抽象的な希望だったように思う。法曹三者にはそれぞれの現場があるわけだが、その中でも弁護士を選んだのは選択肢の多さというか、転勤やら、官庁出向命令やらにまどわされることなく、自分が健康でお客さんがいる限りは現場にいられるという発想だったのかもしれない。この「現場にいたい」という感覚なるものについて、日本の現場を離れた今、なんだか少しずつ言葉で説明できるようになってきた気がして、今日はこのエントリを書いている。

制度論としては法律というルールが存在する以上は明文にない例外を認めていくためのハードルは非常に高くあるべきというのはわかるのだが、現に存在する当事者としては新たな立法を待つわけにもいかない。全体の制度としてはいずれ是正されていくだろうとか、一つの不公正な結果のために制度全体を見直すコストが大きすぎるので代替措置を検討せよとか、そういう議論も理解できなくはないのだけれど、目の前に困った人がいるときにその人に対してそんなことも言えない。

現場にいる者としては、依頼者のためにあるべき結論を考え出し、それが通るための理屈を考え出すという発想もすごく大切なのであって、時には無理筋の議論をする場面がないではない。どうしても現行の法制のもとでは無理ですねと答えざるを得ない場合もあるのだが、一通り悩んで交渉してみるとか、他の代替的手段を探してあげるとか、こういった努力が必要なのだろう。

修習生の頃聞いた話である。会社法改正により最低資本金1,000万円という規制が定められ、これに合致せず、有限会社に改組しない会社は強制的に解散させられるとかいう場面だったように記憶している。ある更生会社の事業が軌道に乗りかけ、従業員の中に新たに結婚する者も出てきた頃、資本金が足りず、強制解散させられそうになった。会社更生法の縛りがあって、増資も組織再編もできない、そんな状況だったように聞いた(昔聞いただけの話であり、条文も確認していないので、多少の間違いがあるかもしれない。)。ところが会社法には適用除外の規定がなく、法務局にかけあっても条文に従って解散するほかないの一点張りで交渉の余地がない。管財人はあきらめず、政治家に掛け合い、法務省に掛け合い、著名な学者の意見書を書いてもらい、法務省は制度の不備を認め、登記通達を出し、更生会社は解散の憂き目を免れたという話だった。

d0042715_7102315.gif法令の不備があることについては現場にいるものに責任はないけれど、更生会社の従業員やその家族の顔を見て、「しょうがないわなあ」と言うわけにもいかず、必死に奔走されたという話を聞いて、現場にいるってこういうことなんだなあと思ったことを覚えている。単に
事件は会議室で起こっているんじゃねえんだ
と言いたかったから、制度を利用し、悩む側にたったということかもしれない。

制度をつくる方々には、政治的かけひきやら、あらゆる問題を想定できない難しさやら、色々な困難があるわけで、その中を皆さん立派に職責を果たされていると思う。「現場にいたい」という感覚は個人的趣向の問題にすぎない。会議室にいる柳葉敏郎の役割も結構好きなので、念のため、フォローしておく^^。
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by neon98 | 2005-12-29 07:12 | よしなしごと

あるおばあちゃんのお話
大学時代、アルバイトで購入した中古のSuzuki Bandit400に乗って日本全国ツーリングの旅に出かけていた。東北地方を除き、ほぼ全国まわりつくせただろうと思う。d0042715_7483890.jpg
長野県のある地方を一人でツーリングしていた時、ふとした疲れから休む必要を感じ、ふとした空き地で寝袋を枕に休憩していた。農家の軒先だったのでそこにテントを張るのもはばかられ、かといってテントを張る場所を探すのにも疲れていたので、とりあえず休息をとろうとしてうつらうつらしていたのだ。
あんた、そんなとこで寝とらんと、うちに来なさいな。
あるおばあちゃんが私に声をかけ、私の恐縮の声はまるっきり無視し、「食事が準備してあるから」とさっさと家の中に入られてしまった。その時点で、断る術もなく、バイクを押しておばあちゃんの家にあがりこむことになった。考えてみれば、一人暮らしのおばあちゃんの家に帰宅前の食事が準備してあるはずがないのだが、そのときはあまり不思議に思うこともなく、おばあちゃんのペースにのせられて素直にお邪魔することにした。

食事をご馳走になりながらおばあさんの身の上話を伺ったところ、数年前にご主人を亡くされ、お子さん達は皆都会に出られているため、一人暮らしで近くの畑をほそぼそと耕しているということだった。おばあさんの作った野菜やら、近所さんからもらった刺身やら、お客さん用においてあった日本酒やら、遠慮なくご馳走になり、その晩泊めていただいた。空きっ腹に随分なご馳走とありがたいお話も色々と聞かせてもらった。

おばあさんは、あまり説教じみた話はされない方で、遊びほうけている大学生相手に小言じみたことは言われなかったけれど、
遊びでも勉強でも今しかできんことがあるんじゃけえ、何でも死ぬ気でやりなさいよ。死んだおじいさんも私も子供らや孫らにはいつも同じことを言うてたの。
と一言おっしゃった。時間が無限にある間は時間の貴重さに気がつかないのだろう。当時無為に失った時間の貴重さは、無為に失ったかどうかも含め、後にならないとわからない。

当時20歳前後だったか、十分大人であるはずの私は、彼女から受けた恩義やら、大切な言葉の意味を十分に理解しなかったのだろう。失礼する際に丁寧にお礼を述べ、自宅から彼女に手紙を書いたまではよかった。おばあちゃんは丁寧にお返事の手紙をくれたのに対し、なんら挨拶をすることもないまま、住所を記載した紙をどこかになくしてしまい、年賀状を出すこともしないままもう10年以上になる。一宿一飯の恩義に対して、私が何をしたか、年賀状の季節が来るたびに思い出してしまう。不義理をしたものだと猛省することしかできないのだが。
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by neon98 | 2005-12-28 08:23 | よしなしごと

英語ができるということ
しばらく法律関係のエントリが続いて少しうんざりしてきたので、ブログのメインテーマであるよしなしごとを少しばかり。こちらNew Yorkでは、皆気分はすっかりクリスマスでかなりの人は休暇をとり、出勤していてもディールはさすがに動いていないし、子供にあげるプレゼントを勤務時間中に買いにいく人やらで何だか仕事をする気分ではない(そもそもこんな日には仕事がない。)。受付のおばちゃんも暇そうで、通りかかる人とずっとおしゃべりをしている。僕はこの受付のおばちゃんと話すのがとても好きで、通りがかる度にくだらない話をしている。

とりとめのない話になるけど、この下らない話が実はとてもいい英語のレッスンになっている。ロースクールで講義を必死に聞いて教授の話すようなFormalな英語はさすがに聞こえるようになり、職場での案件に関する会話にはあまり困らなくなったのだが、日常会話になるとなかなかついていけない状況には変わりがない。d0042715_2311617.gif

一つの問題はやはり発音だと思う。英語といっても世界各国から色んな人が集まってきているのがアメリカであり、イタリア人の英語はイタリア語に聞こえるし、フランス人の英語はフランス語に聞こえるし、NYのAfrican Americanの英語はラップに聞こえてしまう。むろん僕の話す英語は日本語なのだろう。政治家や弁護士の英語はとてもきれいで、わかりやすいのだがそれだけに慣れていては日常会話についていけない。

二つめの問題はFormalなものとInformalなものとの違いであり、例えローの教授であってもスラングを連発するある教授の英語は僕だけじゃなく、留学生全員がほとんど理解できずにいた。講義とはEntertainmentだという感覚が多くの学生に受け入れられていて、はしゃぎすぎだと思うような授業もたくさんあったのだけど、毎年同じノートを使い、下を向いてぼそぼそと小さな声で話す人の講義よりは圧倒的に楽しい(時々やりすぎだと思う人はいて、NYBARを受験する方はBARBRIの講義でそれを実感されることになるだろうと思う。)。映画をみていてFahrenheit 911はニュースや政治家の演説をつなぎあわせたものだけに容易に理解できるけど、Sex and the Cityはなかなか理解できない。後者のようなリラックスして楽しむようなものを英語の勉強のためにヘッドホンをして夜中に一人で集中して見ているのは本当は馬鹿らしいのだが、私のような手合いはそういう羽目になってしまう。

d0042715_2361821.jpg三つめはジョークなど文化的背景を知らないと理解できないものである。こんなにペラペラにしゃべっている人でも理解できないの?と思う場面は当然ある。映画俳優、歌手、コメディアンなどの例えを出されても知らないものは知らないわけで、これを追いかけるというのは単なる留学生には不可能というほかない。あるMBAの知り合いはくだらないと思いながらも皆がみているTVのコメディは欠かさずチェックしていた。彼の努力には本当に頭が下がるけれど、正直そこまでしようとは思わない。ちなみに、Attitude T-shirtは面白いStatementが満載らしいが、私にはさっぱりわからないものがほとんどで、文脈もわからずに着用して殴られるのは嫌だから手を出すことができない。

四つめは誰かが隣で違うことを言い出すと脳みそがついていかない。音楽のかかっているバーでの会話は思いっきり近づかないと聞き取れない。四人くらいでTVの話題をしだすと、何もついていけずに、にっこり笑うだけの馬鹿な人になってしまう。楽しむべきDVDを見ていても、ヘッドフォンをつけて周囲の騒音を回避しないと話の筋がわからない。

どなたかのBlogだったか忘れてしまったが、「本当に英語ができる奴は、ローの予習は適当にこなし、授業中はメールを書いて、チャットで冗談を言い合いながら、手をあげて質問し、ノートはとっている」みたいなことを書いておられたが、本当にそのとおりである。私なんかは、予習を必死にこなし、ノートも事前にまとめておいて、一番前に座り込んで教授の目だけみて必死こいてついていこうとしてもノートはとれなかった。第一、タイピングが間に合わない。

でも、そんな人でも英語がわからないとぼやいていたのには本当にびっくりした。考えてみれば、すごく英語ができると私が思う人でもわからないことは永遠にある(日本語で考えると当然のことなのだが)わけで、英語ができるということはすごく相対的なものだなと思う。英語に限らず、言語なるものは国、人種、性別、年齢、文化、職業などあらゆる背景を含むわけだから、ちょっと勉強したからできるようになったなどと思わない方がいい。

逆にいえば皆それぞれの難点を抱えて会話が成立しているわけだから、控えめな日本人的にいうと「自分は英語ができない」と思うよりも「皆この程度のものなんだと思ってJapanese Englishを炸裂させておけばいいのだと思う。結局、習うより慣れろ、なんだなあと思って今日も暇そうな受付のおばちゃんと話しこんでしまった。日本人的にみるとClientに対してとても大雑把な対応をしているような気がするけど、アメリカ人的にはそうでもないんだろうなあ。大雑把だけどとてもいい人である。
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by neon98 | 2005-12-24 02:33 | よしなしごと

SHIMADAS(シマダス)
SHIMADAS(シマダス)という本をご存じだろうか。もちろん「島DAS」であり、IMIDASのもじりなわけだが、中身は日本全国の離島情報が満載である。年末年始になると、おせち料理でもお雑煮でもなく、毎年通っていた離島のことを思い出す。
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修習生になる前は皆旅行にでかけてしまう人が多く、僕もその例外ではなかった。合格発表後ひたすらお金を貯め、飛行機・船代を稼いだ後はバックパックにテント・シュノーケル・文庫本の山・寝袋・酒を担いで出発した。ビーチではテントを張り、泳ぎ、飯を食い、本を読み、昼寝し、また飯を食い、焚き火を囲んで酒を飲み、寝るだけの生活である。その時にSHIMADASという本を教えてもらい、家に帰りついたあと、本屋に直行して入手し、部屋で行きたい島のページを開いてはニヤついていた。
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トカラ島だとか行きたい島はたくさんあったのだけど、何故か新しい島には挑戦せずに、気に入った島に年末年始の度に向かっては同じ店で食料を買出し、同じ食堂でなじみのものを注文し、元旦には泳ぐというパターンが染みついてしまった。実家の父母には悪いが、「今年も帰らない」などと言い捨てて、勝手に至福の時間をすごしていたのだ。数年間おせちもお雑煮も食べなかったもので「正月気分=ビーチで泳いでテントで昼寝」みたいになってしまい、未だにその気分が抜けない。昨年はカリブ海に繰り出したものだが、今年は・・・。New Yorkで過ごすことになった。バカンスはもう少し暖かくなるまでおいておこう。
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by neon98 | 2005-12-23 14:09 | よしなしごと

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