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優越的地位の濫用と企業トップの責任
少し古いニュースになりますが、2005年12月に三井住友銀行が不公正な取引方法(優越的地位の濫用)により金利スワップを購入させたとして違法行為の排除勧告(公正取引委員会リリースPDF)を受け、それを受諾(同行リリース)したことがありました。

それに基づき、金融庁が銀行法第26条第1項に基づく行政処分を行い、三井住友銀行が西川元頭取に対する役員報酬返還請求(Sankei)を行うということが報道されています。西川氏は関与は否定するものの、銀行からの要請には応じる方針のようです。

まず、一つ目の違和感なるものは優越的地位の濫用なるものがどこで認定されるのかという点です。これに該当するためには、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、一般指定14条1号から5号に定められている行為を正常な商慣習に照らして不当に行うことが必要とされており、これの認定は非常に微妙です。銀行は債務者に対する貸付期限の延長に応じる義務は何もないわけで現在の金利よりも高い金利であれば期限延長に応じると主張する場合と、金利スワップを売りつける場合でどれほどの違いがあるのでしょうか。

良いことかどうかはさておき、主要取引先からの要請で当該取引先の製品をたくさん購入している方々はたくさんいるわけで、どのラインを超えれば優越的地位の濫用とされるのか、非常に微妙な感じがします。マイクロソフトからライセンスを受けてWindowsをインストールしないと売れないPCを販売しているわけではないのですから、もう少し争う余地もあったのではないかと思うところです。銀行が応諾しているとはいえ、業種がら世論やら政治の影響を受けやすいこともあって応諾したと思えないこともなく、なんだか割り切れない感じが残ります。

まあ、その点は当事者がいいと言っているのでさておき、次は西川氏の責任という部分でしょうか。西川氏の対応はある意味で日本人的であり、ガチガチに法的に詰めるまでもなく、返してほしいなら返すという潔いもので気持ちがよいのですが、何か不祥事があればすぐに辞任や報酬の返還を求める発想というものはどうなのでしょうか。役員報酬は彼が頭取として激務をこなし、成果をあげてきた対価なのであって、(監視義務違反ととれる事情があればともかくとして)結果責任に近いかたちで返還をせまられる理由はないはずです。

返還を拒否するとマスコミやら世論の批判を浴びてやりにくいでしょうから、面倒だし、いいやという気分になるのはよく理解できるところですし、西川氏ほどの方であれば経済的に困られることもないでしょうから、私も同じ立場であれば返すと思うんですが、何かがあれば辞任せよ、報酬返せという全体主義的風潮はなんとかなりませんかね。
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by neon98 | 2006-05-13 06:37 | LEGAL(General)

中央青山監査法人:業務停止の処分?(追記有)
中央青山監査法人:全業務停止の処分へ 金融庁が検討(Mainichi Interactive)というニュースに驚愕する。インパクトの大きさを考えてありえないと思っているのだが・・・。(注:追記時点で記事見出しの「全」が削除されている。)

顧客に迷惑がかかるから大規模監査法人ほど手が出せないという現状も考えものだが、それ以前になぜ個人単位での懲戒処分というもので機能しないのか、ということを考える必要があるように思う。これ以上大手監査法人の数を減らすことがよいことだとはとても思えないだけにくれぐれも慎重に。

(追記)
Lat37NさんからのTBにより日経の記事を確認。一部業務停止との報道。
金融庁、中央青山の一部業務停止命令へ・カネボウ粉飾で(Nikkei Net)中央青山に業務停止命令へ カネボウ粉飾事件で、金融庁(Asahi.com)金融庁、中央青山監査法人に一部業務停止命令へ(Yomiuri Inline)も一部業務停止との報道。情報が混乱しているのか、新聞記者が業務停止範囲についてさほど重要視していないのか、わからないので正式な発表を待ちたいところだ。

一部業務停止でも相当の影響があることを予想される(一部の内容による)けれど、全部業務停止というのはありえない(あっちゃいけない)と個人的には考えている。新会社法が一部業務停止の場合に会計監査人としての資格を失わないようにしたこと、このタイミングでの決定が6月総会の会社(大部分の上場企業)にとって重要性を持ち、中央青山にとっても極めて重要な意味を持つこと(不可能ではないものの、このタイミングでの発表では6月総会での会社にとって今年の総会で会計監査人を変更するには実務的に間に合わない)や、全部業務停止=解散という認識を金融庁が持っていないはずがない。ということで毎日ニュースを見ると「全業務停止」が「業務停止」に変更されている。うーん。アンダーセンに続き、お前もか・・・と思うところだった。
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by neon98 | 2006-05-09 04:10 | LEGAL(General)

懲りずに47thさんに敢えてこわごわ反論してみる・・・の巻
「貸した金返せよ。貸した金、はした金じゃねえぞ。」と私の頭の中にはウルフルズの借金大王が流れています。
結構「経済学の基礎的なロジック」が理解されていないような気がしたので、私のできる範囲で、なるべく丁寧に説明してみた次第です・・・でも、これは疲れます。
47thさんに怒られてしまいました^^。疲れさせてごめんなさい。でも、僕にはまだわかりません。
従って、デフォルト・リスクとの比較で「適正な」サービス対価(スプレッド)を決めることは、経済学的には全くナンセンスです。
私よりも知識のある方に自信満々でこう言われてしまったのですが、経済学なんてド素人なんで、こわごわ反論(というか質問?)してみることにします。

1.債務者の信用情報

ある債務者のデフォルトリスクとの比較で適正なサービス対価を決めないという議論はマーケットを分けない(=審査をしない)ことを前提にしていませんか?それともかなり強い情報の非対称性ないし情報収集コストの存在を仮定しているのでしょうか?
破産宣告をした直後のAさんと一部上場企業の課長であるBさんとに同じ金利で課すという議論ですか(闇金融の方だともうしばらく破産申立てが禁止されるAさんを好むでしょうが^^)?この2人の間ではマーケットが異なるのではないですか(それとも私の「同じ商品」という言い方がまずかったですか?金は金くらいの意味です。)?47さんの事例(病院の事例も含め)は全く審査をしないケースを想定されているように思われます。

消費者金融サービスを提供される会社さんがどのように審査をされているのかは、借りたことがないのでわかりません(机上の空論です。)。私がみた債務整理希望者の債権者リストからの想像ですが、一定の金額までほぼ無審査に近い状況で貸与(但し、貸出履歴に関するデータベースは共有しているのでその情報は審査している。)しているのだと思います。但し、それを超えると審査のレベルが変わります。

例えば、武富士さんさんであれば50万円以下の範囲で年利27.375%の「インターネット専用商品ー即答ローン」を提供されており、申込みは年収・勤務先・配偶者氏名などを記入するだけのようです(怖くて最終画面まで進んでませんのでわかりませんが)。これに対して、新社会人のための「フレッシュプラン」は店舗での申込みとして健康保険証の提出を求めており、審査手法が違います。これを違う商品だというのか同じ商品だというのかは言葉の遊びになってしまいますが、債務者の信用リスクにあわせて同じ商品(=無担保での貸付金)の金利(=価格)を変えているとは言わないのでしょうか。

債務整理をしないといけない方々は即答ローンでないと借りられない状況であり、皆さんが同じ価格帯の商品を購入するという想定だとすればそれも違うような気がします。貸し手はデータベースを通じてデータベースに参加している貸手業者からの貸付履歴が見られるので、貸付総計額のみをもってしても本当に危ない方々をお断りすることができます。

私のロジックに誤りがあるのか、仮定にずれがあるのか、前提事実に間違いがあるのか、なんだかわかりませんが、そういうわけで私は47さんのおっしゃることが理解できません。

2. 「年利のマジック」

一つは、消費者金融は融資期間において相当短かったり、額も少なかったりするものがあるということです。この場合、絶対額としては少額でも「年利」にするとびっくりするような数字になることがあります。
これはご指摘のとおりで、段階的上限金利の定めをすることによって対応することが可能です。このことは前提とした書き方をしたつもりでしたが、きちんとお伝えできていなかったようです。
もう一つは、消費者金融における利息の負担の重さは、元本額に対する金利負担によって定めるのではなく、借り手の稼ぎ出すキャッシュフローとの割合で定まるものであって、「投資」と同じ感覚で金利を比べることは何の意味もないということです。
投資に対する期待リターンの問題ではなく、より個人的な消費に対する選好の問題だからというご趣旨なんでしょうね。企業による投資の局面とは違い、消費に対する選好は主観的であっても合理的だということは理解できますからあまり異論はないです。それでも一定額以上の借り入れをした場合に債務者が現実的に返済することが可能な水準かどうかを考慮する材料としては使えるでしょう。

3. 「被害者」は誰か?

47thさんは色んな例をあげられていますが、多重債務者である場合はともかくとして、ほとんどの場合は現行の消費者金融会社さんが現行の利息で対応することが可能なように思われます(ちなみに私は上限金利を利息制限法側に寄せることはあまり想定していません。)。

アメリカの事例は一種の限界事例ですね。まさか47thさんにそのままのたうちまわって苦しんで死んでくれと申し上げるわけにはいかない^^ので、なんとか対策を考えたいところですが、あまり現実的ではないように思われます。海外旅行をされることを想定されている(学生であれば学生VISAとの関係が強制的に保険に入らされる)ようですので、海外旅行保険に入られるべきなのでしょうね。法制度が違うところへ移動され、お持ちの信用が役に立たないということであれば、備えが必要というのは、上限金利規制の有無に関わらず、いえることのような気がします。

無計画に借りつづける方々を除き、正当な資金需要はほぼ現行の金利水準でまかなえます。私は上限金利規制は必要だと主張しているだけで、それがどのラインなのかについては正直よくわかりません。たぶん20%-40%の間なのだろうと感覚的に思っているだけです。

理屈のうえでは金利上限規制により金融市場に対するアクセスを阻害された「被害者」が想像できます。浪費の限りを尽くしたあげく資金が借りられなくなった方に同情する人は少ないでしょうが、善良な市民が資金アクセスを奪われるという場面を想像するのはつらいものです。ただ、現状の金利でも相当額の融資の道は開かれています。医療保険や健康保険などの制度もあります。本当に善良な方が困っているのを助けるのは制度的なものばかりではなく、親族や友人も存在します。既に多くの借り入れをしているために上限金利の範囲では借りられない方々が多く存在するとすれば、それは少し寿命を延ばし、後日その延命よりも大きい損害を被るケースの方が多いでしょうから、短期的に融資をするよりも、これらの方々の生活設計を見直すか、国家の経済政策や福祉政策を見直すべきだと思います。いわゆるサラ金の仕事は困っている人を助ける人ではないのですから、いずれにせよ経済的メリットを見出せなければ貸せないわけで、金利上限規制よりも高い金利で貸す経済的メリットを見出すとすれば社会的損害の多い取立手法によらざるを得ないというだけの話です。

繰り返しますが、デフォルト率が高すぎる市場の存在を認めることは社会的にコストが高すぎます。年利が高くてもデフォルト率が低い取引(少額のもの、期間が短いもの)をどうするのかはある程度法令の定め方で対応できるでしょう(期間が短いローンをロールオーバーされたらどうするのか、など技術的に困難があるのは事実ですが)。利息制限法のそれはともかくとして、出資法の利息は大手消費者金融のそれを後追いするかたちで逓減してきたと言われており、現行法の範囲内で資金アクセスがあればさほど問題になる事例は少ないように思います。私の中では、返せないものは返せないと言い切ることの重要性の方が私の中ではよほどプライオリティが高いです。

政策評価の違いということであればある意味好みということでわかりあえない部分があってもいいのですが、1で書いた経済理論の部分が私にはどうにも理解できず、すっきりしないので敢えて反論をさせていただきました。同じ金を借りるのに信用力がない人の方が高い金利を要求されるのに、返済する金がない(確率が高い)という点で、他の市場とは異なるのではないかということが言いたいわけです。2と3は規制手法の選択とその妥当性の評価という部分ですので、まあ意見の差異は当然あるでしょうし、私も政策提言ができるほどデータを有しているわけではありません。

化学反応によりベターな選択が生じるというには私の学識が乏しすぎるとは思っています。何よりも単なる一弁護士が政策提言をするポジションにはないわけですし、私がBlogを書いたところで世の中は何も変わりません。ただ、放置するのも違和感がある部分でして、言いたいことがあれば言ったうえで恥をかくべき点があれば恥をかくというのも(社会には無用でも)私には有用な化学反応でしょう。

47thさんの本業を妨害するつもりはありませんので、もうエントリをする必要がなければどうぞ放置してください。また、47thさんとの間だけで議論をするのがいいとも思いませんので、他にもご意見があればお寄せください。
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by neon98 | 2006-04-22 22:47 | LEGAL(General)

「市場」が成立することのメリットとデメリット
「自分の殻」を破って友人とメトロポリタンオペラを楽しんで帰ってきたら、47thさんから内角高めの直球が投げ込まれていました^^。ペーパーやらでお忙しい中で、neon98さんに反論してみる・・・の巻と正面から反論を頂いていますので、敬意を表してこちらからもビーンボール気味に正面から打ち返すことにします(化学反応はたぶん生まれないと思いますが、お許しください^^)。

1.間接金融「市場」はどこまで成立するのか?

年率29.2%という規制は出資法5条2項に存在します。
前項の規定にかかわらず、金銭の貸付けを行う者が業として金銭の貸付けを行う場合において、年二十九・二パーセント(二月二十九日を含む一年については年二十九・二八パーセントとし、一日当たりについては〇・〇八パーセントとする。)を超える割合による利息の契約をしたときは、五年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
借り手の保護という観点から上限金利規制が妥当なのかと考えると、一定範囲の市場がクローズされることにより融資が受けられなくなり、または闇金融に走るためにかえって借り手の保護にはならないのではないかというのが上限金利規制反対派の主要根拠と思われます。

実は前回の記事を読む際に早稲田大学消費者金融サービス研究所「上限金利規制が消費者金融市場と日本経済に与える影響」堂下浩「上限金利引き下げの影響に関する考察」は拝見させていただいたのですが、どうもしっくりときませんでした。何がしっくり来ないかというと、消費者金融市場における市場の見方という大前提になる部分が私にはしっくり来ないのです。例えば、前者の早稲田ペーパーでは、
金利は消費者金融市場における価格とみなすことができる。
としたうえで、議論を価格統制の問題点という方向性に持っていっています。信用力の乏しい顧客にはそれなりの金利をとることで金融市場が成立するのだから上限金利規制がなければ成立したであろう効用が規制により阻害されるということになるのでしょう。

私が根本的に違うなと感じる、敢えて言うならこの点を無視して議論するのはナンセンスだと思うのは、
装飾品市場を考えると価格が高いグッチやエルメスはリッチな人が買うが、消費者金融市場を考えると価格が高い高金利商品は貧しい人が買う
という点です。金銭に個性はありませんから金融商品として設定できる個性は限定されています。無担保かつ審査を厳格にせずに迅速に貸し出しをする市場においては、貸し手の調達金利を無視すれば、ほぼ借り手の信用力によって商品の価格(=金利)が決まります(マクロ的要因はこの議論では無視してよいでしょう。)。つまりはいい商品を高く売るのではなく、同じ商品を貧しい人に高く売るわけです。

一定の金利水準を想定しましょう。論者によっては20%であり、29.2%であり、40.004%であり、トイチ(年365%)である人もいるのかもしれません。本来はここが政策論で一番重要な箇所なんですが、上限金利水準としてどこが妥当なのかという議論は能力の限界ということでさておきます。期待デフォルト率に応じて価格(=金利)が変動するのは当然だし、そうあるべきなのですが、市場におけるデフォルト率がどんどん上昇した場合に成立する市場はもはや「賭博」に変わらなくなります。99%がデフォルトする金融市場は「宝くじ」です。「宝くじ」は集金と分配のみですから確率論で商売が成立しえますが、間接金融市場における「宝くじ」は全ての「くじ」が外れる可能性もあるわけで、ある一定の水準を越えると市場が存在しなくなるのが必然でしょう。そこまで行かなくても例えば50%がデフォルトする以上はほぼ必然的に多くの社会的害悪を発生させます。返済することが期待できない債務者から返済を期待できるようにするために必然的に発生する社会的害悪です。

年率40%のローン市場を考えてみましょう。この市場を閉鎖したときに発生する「被害者」って誰なんでしょう?この市場で上限金利規制がなければ融資を受けられ、かつ返済が可能であったであろう債務者?といわれると私の中では???が並んでしまいます。理論的には存在しえますし、現実にはごく少数「被害者」が存在するのかもしれませんが、この市場を成立させるための社会的損失との比較が必要でしょう。歴史的に高利貸しが公序良俗違反などとの関係で問題になってきたのは、高利金融市場が成立するためにはほぼ必然的に存在する社会的害悪があるからであり、先人の知恵なるものはそれなりに尊重すべきような気がします。

たぶん、私は「な」さんの以下の意見に近いんでしょうね。
>「最後の貸し手」が期待しているものが将来キャッシュフローであれば、その前の貸し手が期待しているものの本質も将来キャッシュフローでしかないんじゃないでしょうか?

将来CFというより、それを包括した「返済原資」という捉え方をすべきではないでしょうか?
一般に、多重債務者の借入先は、カードキャッシング→サラ金→街金ないしヤミ金という経緯を辿りますが、それぞれが対象としている返済原資には差があるのではないかと思います。

例えば、
カード、サラ金:個人資産、現状の個人将来CF、同業ないし下位貸付機関からの借り換え
ヤミ金:上記+親族友人からの強制借入れ+転職強制による個人CF増加分+その他各種強制違法行為からのCF

貸し手は下流になるほど脱法・違法能力にもとづく強制力を持ちます。それによるキャッシュ創出を上流の貸し手が見込んでいるのなら、借り換えの暗黙的推奨は合理的な行動かと。そして、下流の貸し手はあの手この手で借り手のケツの毛まで抜きつつ、ババ抜きによる勝ち抜けを目指す訳です。

貸し手は多重債務者(予備群)に対し、ゴーイング・コンサーンなぞハナから期待していない、というのはそういう意味です。
こういうビジネスモデルでないと成立しえない領域が必然的に発生するであろうという意味で、金利の上限を設定するのと家賃の上限を設定するとでは違うと考えています。そういうわけで、私は家賃市場に上限を設定するのはナンセンスだと思ってますが、消費者金融市場の金利を家賃と同視するのもまたナンセンスと考えています。有効需要があるのに供給がこたえないという議論に対しては、こたえない方がよい「需要」があるのではないかという答えになります。

2.闇金融が増える?

ある一定の市場をクローズした場合に、資金需要のある潜在的顧客層の一部は法的整理に向かうでしょうし、「闇金融」に向かうことでしょう。その意味で「闇金融」による被害者が増えるというのはそのとおりかもしれません。でも、それは「闇金融」の定義によりませんか?

私の議論は、ある一定の金利水準を越えると必然的に家族や職場に対する取立てなどの社会的害悪を生み出すというものです。商売として成立するためには合法化しようが、違法としようが必然的に社会的害悪は発生します。逆に(抽象論で)いうと社会的害悪が著しく増大する限界ポイントに上限金利を設定すべきです。

合法化すれば「闇金融」は定義上なくなります。それでも「闇金融」とかつて呼ばれていた業者たちは同様の方法で大手をふって貸付を行うでしょう。上限金利の設定により闇金融が増えたというのは、違法な領域が増えた以上、定義上当然のことだと思います。全て摘発するのが大変だというのはおっしゃるとおりですが、取立手法の違反を根拠に摘発する方が金利違反を根拠に摘発するよりも大変だともいえるわけです。闇金融が増えるという議論もなんだかあと思うのはそのあたりでして、闇金融と呼ばれる業態に対して戦える武器は少しでも多い方がマシだと思っているところです。

3. 立ち位置

立ち位置という問題は、まずはどこまでパターナリスティックになるのかということのような気がします。私の想定する経済的に不合理な最後の貸し手というは親族ないし親しい友人であり、カードローン⇒サラ金⇒街金・闇金融というルートをたどる際に借主およびその周囲の人々に発生する損害を防止する必要があることは言うまでもありません。また、目の前の資金繰りに必死になり、追い込みをされている方々に合理的な判断を求めるのは間違っているように思います。市場原理を貫徹するために所有権制度とEnforcementを与えるのも法の役割ですが、当事者の合理的な意思決定が期待できない場合に一定の後見的役割を担うのもまた法の役割ではあります。たぶんここまでは47thさんとの間であまり意見の違いはないのでしょう。

もう一つ立ち位置の問題があるとすれば、法の役割に対する期待という部分であり、たぶん47thさんと結論が違うのはこの点だろうと思うのです。47thさんからすると、一定の場合に合理的な判断ができない債務者が多く存在することにはあまり異論はないし、取立により社会的害悪が発生することもむろん異論がないところでしょうけれど、手段として上限金利の規制という法を制定したとしてもEnforcementにコストがかかりすぎて闇金融を生じさせるだけであり経済的には意味がないし、付随して有効需要にこたえられないから新たな被害者をうむおそれが大きいということになるのだろうと思います。

これに対して、私は取立手法の規制よりも上限金利の規制をする方が闇金融の取り締まりが容易であり、市場がクローズすることにより生じる「被害者」層は本来借りてはいけない層にすぎないのではないかと考えているわけです。私の立ち位置からすると、法の果たしうる役割に限界があり、規制をしない方がマシな場合もあることは認めつつも、多重債務の整理の現場でみたものの存在も認め、もう少し規制が果たしうる役割というものに挑戦してみたいような気がします。要するに工夫をすれば規制をしないよりもよりよい結果が得られるのではないかと思うというだけのことなんですが。

前回のエントリで少し反省したのは、法と経済という概念を対立的に書いたり、法学者と経済学者とを対立的に考えたりすることがよくなされているわけですが、規制目的・手段を考慮するのはまさに法と経済と双方からの分析が必要なところであり、こういう対立構造みたいな部分に意味がないのに、少し対立的に書いてしまった点でしょうか。

以上、ざっと乱暴に私の立ち位置を考えてみました。あまり化学反応がなくてすみません。ぼちぼちやるべきことをやらないと周囲の人に怒られるので今日はこの辺で^^。
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by neon98 | 2006-04-22 06:35 | LEGAL(General)

上限利息規制は必要?
しばらく日常生活をほのぼのと書いてきて、ニューヨークの観光情報、レストラン情報やファッション情報を中心とするセレブなブログへの転向を目指していたんです(←大いなる勘違い)が、たまには真面目に考えてみるのも悪くなかろうということで、利息制限法を巡る規律について考えてみることにします。仮説という以前の「思いつき」レベルなので、百倍の反論がかえってくる可能性の方が高いですが、まあそれも楽しみだったりします^^。

昨日47thさんの「なぜ過剰取立は起きるのか?(イントロ)」というエントリに以下のようなコメントを残しました。
「返済原資の中心をなすのは、債務者個人が将来にわたって稼ぎ出すキャッシュフロー」という前提に疑問があるような気がします。キャッシュフローから返済原資をうみだすことができる層はほんのわずかであって、返済原資の多くは専ら借り換えによるのではないでしょうか。債務者の返済のインセンティブとなるのは職場や家族への連絡をされたくないという名誉欲であり、そのインセンティブを維持するためにはもともとあてにならないキャッシュフローを害してでも、現実に連絡をする事例を積み上げていくことは脅し効果として必要なのではないかという仮説も成り立ちうるでしょう。職業柄多くの債務整理事例にあたってきましたが、取立ての手口というのは概ね借り換えのすすめです(やり方はかなりやばそうなものまで色々ありますが)。
職業柄多くの債務整理事例にあたってきたというだけで、私の意見は消費者ローンの顧客層に関して強いバイアスがかかっている可能性は大きいので、その点は割り引かないといけませんが。
ちなみに私自身は債務者に早くあきらめさせるために一定の上限金利(固定か、どの程度の利率かはともかくとして)を法で強制すること自体は合理的と考えています。
ご丁寧に47thさんから以下のようなお返事を頂きまして、頭の体操代わりに考えてみようかなと思った次第ですが、長くなりそうなので自分のBlogに書いてTBさせてもらうことにしました。
返済原資として借換を期待しているということなんですが、「最後の貸し手」が供与する信用は、「最後の貸し手」が期待している返済原資が形を変えたものに過ぎません。「最後の貸し手」は、借り換えに期待できないはずですよね?その「最後の貸し手」が期待しているものが将来キャッシュフローであれば、その前の貸し手が期待しているものの本質も将来キャッシュフローでしかないんじゃないでしょうか?
あと、借り換えの問題は、借り手のリスクに応じた自己選別の過程と考えることも可能なはずで、少なくとも効率性の観点からは、その是非は簡単には決められないように思われます。そうしたことも考え合わせると、上限金利が規制される結果、本来は返済能力を持っている層に対する与信がなされなくなる可能性は現実的に大きいと思うのですが、その辺りについてはどう考えられているのかもうかがえると幸いです^^
「この辺りについてどう考えられているのか」と言われると正直に何も考えていない(^^)と申し上げざるを得ないんで、困っちゃうんですがこれまた思いつきレベルでエントリしときます。

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by neon98 | 2006-04-21 04:20 | LEGAL(General)

インハウスロイヤーの憂鬱?
某所からパクってきたようなこのタイトルですが、ここでのインハウスロイヤーというのは資格の有無を問いませんので「企業内の法務担当者」くらいの意味合いです。

ろじゃあさんのところの企業法務マンの生きる道?というエントリを拝見して、常々思っていることを少し書いてみます。Popoluさんの企業法務マンの生きる道というエントリにある
法務部勤務になって丸3年が過ぎようとしていますが、最近私は自分のキャリアに危機感を抱いています。今後日本が訴訟社会化し、法曹改革で弁護士が増えれば、企業内の法務部の存在意義がなくなるのではという危機感です。
というコメントを契機にしてろじゃあさんが企業法務マン(企業法務パーソンといった方がcorrectでしょうけど、このままいきます。)としての重要性なり、資格に甘んじる「弁護士」への叱責なりを含んだ興味深いエントリをされています。

まず、ろじゃあさんは通訳としての企業法務マンの役割として、案件を弁護士に理解させる能力と、所見を担当部署に理解させる能力をあげておられますが、これは当該企業のことを本当に熟知していないとできません。ビジネスのニーズなんてわかっちゃいない弁護士に教えてあげる姿勢と、リーガルのことなんてわかっちゃいない現場なり、役員なりに教えてあげる姿勢はまさに企業内にいないとできない職務でしょう。

弁護士との法律相談のときの人選はとても大切だと思います。事実を適格に把握している現場の方を相談に連れていき、事実をきちんと伝える。重要な事実が少し違うと「あてはめ」の部分が全然違う場合が多い仕事ですから、弁護士の判断を間違えさせないとともに、弁護士に「知らなかった」という言い訳を与えないことは大切と思います。

私は通訳以上に大切だと思っている役割は、「問題発掘者」としての役割です。弁護士なんて監査をしないといけないわけではないし、聞かれた問題だけ答えるという側面がないではないです。頼まれてもいないのに、「あ、それ、法的には問題ありますよ。」なんて弁護士は言ってくれないわけですから、まず初期対応をするのは「問題発掘者」としての企業法務マンです。外部の弁護士は「僕は知らない」という言い訳を常にかかえている中で、企業法務マンはある程度内部のことを知っているわけですから、大変です。外部の弁護士が顧客を通じて業界のプラクティスなり、契約書のスタンダードを知っているとすれば、内部の企業法務マンは業界のプラクティスにもっと詳しくて、部署横断的なチェックポイントの役割を負っているんじゃないでしょうか。企業の法務部門に必要な知識って圧倒的に広いですし、「僕M&Aしかしないからヨロシク」なんてわけにはいきません。事実と法律と両方について「僕知らない」の抗弁がたたないのはすごいプレッシャーだと思います。問題を発掘した後は、しかるべき弁護士なり、会計士なり、その手の専門家を選び、社内での報告なり方向性を出し、営業・IR・経理といった部署との間もつなぎ・・・なんてことも要求されるすごい仕事ですよね。

これだけ重要な職責を負った法務担当者の職責が重くなることはあっても、それが軽くなることはないんじゃないでしょうか。

それとは別に、弁護士資格保持者が企業内弁護士として入ってくると資格のない人はどうなるのだろうという危機感をお持ちの方と話をしたことがあります。私は弁護士資格を持っていて、それが自分の人生に多少なりとも有利な面が多いことを知っているので、資格が関係ないなんて嘘は述べられません。資格の有無が転職に有利とか、給与に響くとかいう要素はあると想像されますし、知らない人にこいつは法務のプロだという推定を働かせる役割としてあった方がいいに決まっています。でも、そういう短期的な利益は、社内での実績を積むにつれ、メリットがなくなりますから、最後は所詮実力勝負です。

弁護士資格を持っていないと困る場面って実は企業内法務担当者としてはそんなに多くないんじゃないかと思います。訴訟代理業務(支配人登記すれば別)とか、DiscoveryでAttorney-Client Privilegeが認められるとか、あるにはあって、特に後者なんかは米国で訴訟に巻き込まれるおそれのある日本企業にとっても重要でしょう日本企業だとそうでもないですよね(ご指摘のとおり、かなり言いすぎなので訂正)。有資格者の採用にこだわる企業もさほど多くないでしょうし、日本の法曹人口の少なさをカバーされてこられたのは資格なしで法務担当者が重要な役割を担ってこられたからではないかと思うのです。

プレッシャーのある大変な仕事ですし、競争も激しいし、新しいことをどんどん勉強していかないといけないわけですから、危機感を持つことは必要不可欠なんでしょうが、企業内法務部はますます繁栄の時代を迎え、わかっちゃいない弁護士は淘汰されていくんじゃないかと思う今日この頃でした。さて、生き残りをかけ、頑張りますか。
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by neon98 | 2006-03-09 12:37 | LEGAL(General)

アマチュアスポーツの常識と非常識
サンケイスポーツ(Yahoo)
昨夏の甲子園で連覇を果たした駒大苫小牧高校(北海道苫小牧市)の3年生野球部員らが飲酒や喫煙で警察に補導された問題で3日、篠原勝昌校長が同校で会見。センバツ(3月23日開幕、甲子園)への出場を辞退すると発表した。野球部の香田誉士史監督(34)と佐々木宣昭部長(54)は篠原校長に辞任届を提出、受理された。また、篠原校長も辞意を表明した。(中略)道警などによると、1日夜に苫小牧市内の居酒屋で飲酒、喫煙していて補導されたのは野球部員10人、バスケットボール部員4人の計14人。野球部員の10人は、全員3年生でセンバツに登録されている1、2年生はいなかった。
以前からこの手のニュースを見る度にいつも感じていたのですが、連帯責任にどれだけの意味があるのでしょうか。

(1)連帯責任制度にすることによりルール違反の懲罰効果を高めて抑止力を高める、(2)連座制によって集団内の監視効果を高める、といった正当化要素が考えうるには考えうるのですが、もともとの発想はもっと違うところにあるような気がします。アマチュアスポーツは精神を磨くために存在しており、心技体揃ったチームで無いと大会にふさわしくないとか、一見もっともらしいものの、連帯責任には無関係な要素から生じているのではないでしょうか。

今回は既に実質部活動を引退しているはずの先輩たちの不祥事により、何もしていない後輩たちが夢を奪われるというケースであり、また後輩たちに先輩たちの監視をせよというのも酷なように思います。全ての部員の私生活を全て監視することは不可能だし、誰でも入れるのが部活動でしょうから、全ての部員の喫煙を抑止するのは相当困難だろうと予測されます。どんなに努力をしたとしても心無い誰かのルール違反で、甲子園出場という夢が消えてしまう可能性のある仕組みを維持する必要があるのか、理解に苦しみます。

リスクがあまりに高くなると、選手は努力を継続することに空しさをおぼえるでしょうし、入部の段階で相当厳しい審査を課したり、事実上全員寮生にして監視下においたり、戦力として役立つ可能性のない選手は監視コストを下げるために辞めさせたり、健全ではないと思われる対応を発生させる可能性もあります。

少なくとも今回のケースでは3年生部員の退部なり停学なりの処分をすることでよかったのではないかと思われ、校長、監督や部長の辞任は別に辞めたければ辞めたらいいと思いますが、出場辞退という校長の判断には納得しがたいものをおぼえます。5人組みたいな発想を感じてしまうのは私だけでしょうか。
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by neon98 | 2006-03-04 11:38 | LEGAL(General)

司法取引の功罪
有罪を認め、検察官の求めに応じて捜査に協力し、法廷で証言する代わりに刑を軽減してもらうという司法取引は米国では実際よく行われているんですが、このような司法取引によって得られた証言の信用性はあるんだろうかと常々考えていました。

米国の刑事関係の法律を学んだわけではないので、司法取引の詳しい制度設計を知らないのですが、協力者が有罪答弁をし、減刑を受けたとしても司法取引に定められた義務(証言協力義務等)を果たさなければ再審になるとか、全ての協力を終えた後に初めて刑事裁判にかけられるということになるようです。司法取引により関係者の協力を得て巨悪を摘発することができることはメリットでもあるんですが、協力への強いインセンティブを持った人間の証言の信用性をどう考えたらいいんだろうという問題があるように思います。

例えば大和銀行巨額損失事件においては損失を与えた超本人であるトレーダーの井口俊英氏が司法取引に応じ、ニューヨーク連邦地検による大和銀行および支店長起訴に協力し、損失隠し等の事実を法廷で証言しています。このあたりの事情は、井口氏本人による『告白』(文藝春秋)に詳しいです。余談ですが、この本を読むと井口氏自身に反省の色も何もなくて、大和銀行が損失を開示すべきではなかったなどと主張し、また大和銀行に「裏切られた」ことに対する私怨などが色濃くでており、私自身は彼が客観的事実を書いているものかどうかもうひとつ自信が持てません。

Enron: Legal Commentaryというテキサスの弁護士が書いているブログでたまたま同じようなエントリ(Do people really plead guilty to things they didn't do?)が書かれていました。

彼によれば、エンロンの調査の途中で、後に高裁段階で判決は覆されたとはいえ、Dynegyの中間管理職のJamie Olis氏が地裁で24年の懲役刑を宣告された事実は関係者を震撼させたといいます。有罪答弁をして数年間刑に服するという安全策をとるか、20年以上の懲役刑を受けるリスクをとるかという選択を迫られるというわけです。もう一つの問題は経済的な問題です。トライアルになれば、弁護士報酬(交通費・宿泊費)、陪審コンサルタントなど数億円の金がかかるといいます。これらの金銭を準備できる人はほとんどいないだろうし、準備できたとしても勝訴できる見込みとの引き換えで考えざるを得ません。そういう理由で司法取引で自分が犯してもいない犯罪について有罪答弁をする人というのは予想より多いのではないかという意見が表明されています。

これに付け加えるとすれば、司法取引における捜査協力義務というのを明確に規定することの困難性が問題としてあげられるような気がします。捜査に協力するということとは法廷で事実を述べることと定義できると思うのですが、被疑者に有利な事実を述べた場合に検察官側がどう受け止めるのかが不確実であるがゆえに、被疑者に不利な事実のみを述べるというインセンティブが与えられないだろうかと不安になります。証人が事実を述べたのにもかかわらず、検察官側が証人は法廷で真実を述べなかったので司法取引における前提条件を充たしていないと主張してくる可能性というものを考え、偏った証言内容になる可能性があるような気がします。

d0042715_3493226.gif実はこれは日本でも同じ話で、量刑面で捜査協力や自白の事実が考慮されるわけですから、共犯者の証言にバイアスがかかる可能性というものは常に意識する必要があるように思います。協力者による証言そのものを禁止するわけにはいきませんので、運用のレベルでバイアスの危険性を考えていくべきだと思います(従来から刑事訴訟法では言われてきた論点なのですが、裁判員制度との兼ね合いをどうするのかという問題は残ります)。

刑事事件というと自分とは関係ないと思いがちですが、実はそうでもないんじゃないでしょうか。弁護士が防御の必要性だけを強調したって他に考慮すべき要素もあるわけですから、どこでバランスをとるかを考えたらいいんだと思うのですが、その場合には自分が悪事を働いていなくても何かの間違いで犯人扱いされる危険性は常にあるのだと思って考えると全然違うと思うのです。例えば大多数の痴漢被害は現実に発生していると思いますが、なかには何もしていないのに「悲鳴を出すよ」と脅しながら金銭を要求してきた事例などもあったようですし、自分が被害者になりうると同時に、被疑者にもなりうる社会であることを認識して考える場合って、考え方が違ってくるんじゃないですかね。
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by neon98 | 2006-02-08 03:42 | LEGAL(General)

総会担当者の悲劇
会社法であそぼで、省令が大幅に変更とあります。
会社法の省令が固まりつつあります。当初、予定していた1月中の公布は無理そうですが、さほど遅れずに公布できそうです。
 パブコメの意見を大幅に採り入れ(ここまで大きくパブコメで変化したのは日本新記録だと思います)、変貌をとげた省令の姿を眺めながら、2月10日、13日、14日と立て続けに開催される解説会で何をしゃべろうか、悩んでいるところです。
日本新記録と言われてしまうと、日本からわざわざ省令案の掲載された商事法務を取り寄せた意味がなくなってしまいます^^が、今年の総会担当者は大変ですね。今年の総会集中日にはまだこちらにいる予定なので、若干他人ごとみたいですが、こころより同情します。私も浦島太郎脱却計画を継続しないと・・・。
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by neon98 | 2006-01-28 02:05 | LEGAL(General)

なぜ検察はリーサルウエポンを使うのか
留学の関係でしばらく刑事事件扱っていませんし、刑事訴訟法の本は持参しておらず調べるのにも限界がありますし、経済活動に関する刑事事件などの経験もありませんので、的外れなエントリになるかもしれません。と最初にExcuseをしておきます。「訴因」とか「公訴事実」などの用語の正確な使用方法に自信がありませんが、その点はお許しください。

他のBlogで共有されているであろう問題意識をわかりやすく書いていくことが趣旨ですので、細かいミスは見逃して(OR黙って非公開コメントで教えて)いただけたらうれしいです。逮捕を証拠保全・逃亡防止というよりは取り調べ目的で利用する日本の刑事司法には批判的なのですが、その話はおいておき、今回は偽計・風説の流布という適用法令の問題点について思ったことを書いてみたいと思います。

1. 訴因の特定

「偽計」「風説の流布」といった規制の必要性は理解できなくはないのですが、誰にでもすぐに理解できるような明確な概念ではありませんので、罪刑法定主義の観点からすると、概念の明確化をするか、少なくともリーサルウエポンとしての利用にとどめてほしいものだと思っています。刑事事件という重大な結果を伴う規範は特に行為規範として何が禁止されていて、何が禁止されていないのかを明らかにしないといけないというのは憲法31条の要請です。また、刑事訴訟法的観点からしても、裁判官に対して事実認定の対象を明確にし、被告人・被疑者に対して攻撃防御の方法を明らかにすることは必要不可欠です。検察官と被告人の立証責任の分担からすると、検察官は構成要件に該当する事実を主張・立証し、被告人はそのような事実は行っていないと主張・立証するのであって、被告人は摘示されていない事実は反証する必要がありません。

おぼろげに、検察修習を思い出しながら、例えば殺人事件の起訴状をざくっと書いてみると、「被告人Aは、平成○年○月○日ころ、東京都○○区○○…所在のスナック『ポンポコ』において、Bから『お前の母ちゃんデベソ!』と執拗に馬鹿にされたことに立腹し、殺意をもって、刃渡り○センチの包丁をもってBの心臓部を刺傷し、同日○時ころ、出血多量によりBを死亡させたものである。」という感じになります(かなりいいかげんな書き方なので雰囲気だけ理解してください。)。このケースにおける被告人の反証対象は何でしょうか。

スナックは『ポンポコ』ではない、『お前の母ちゃんデベソ』ではなく『お前の母ちゃんデブ』だったという反論は明らかに違いますね。被告人が殺人罪を犯していないと主張立証したいのであれば、例えば(1)殺意はなかった(傷害致死である)、(2)刺傷行為自体を行っていない(実行行為の否認)などと主張することになります。(2)としては、そもそもBと会ったこともないとか、その当日はそのスナックに行っていない、刺したのは脚であって死亡原因はCによる暴行であるなどと主張することになります。

殺人罪の構成要件からすると、「Aが殺意をもってBを死亡させる具体的危険性のある行為を行い、Bを死亡させた」ということで足るのですが、攻撃防御の方法を特定するという観点からすると、「○月○日ころ、某所で、ナイフで刺して殺した」のか、「○月○日ころ、某所に行くとCに刺傷される計画があることを承知のうえで、その事実をBに告げず、その結果Bが死亡した」のかで全く攻撃防御対象が異なってくるわけです。むろん、死亡推定時刻がわからないとか、使用凶器が不明であるなどの事情により、特定の度合いが異なることは実務上も認められています。訴因をどこまで特定するのかはこのあたりのバランス論の問題であり、何年前の事件なのか、公衆の面前でなされた行為なのか、被告人が否認しているのかなどでどこまで特定できるかが変わってくると理解してもらえればいいと思います。

2. ライブドア事件にみる被疑事実の特定

まだ起訴がなされていない段階とはいえ、捜索差押・逮捕がなされているわけですからそれなりの被疑事実の特定がなされているはずです。Bに対する殺人の容疑がかけられているケースであれば当人は「俺は殺していない」と明確に否定できるわけですが、「風説の流布」「偽計」と言われた場合には「俺は風説の流布・偽計はしていない」と否定する前に「風説の流布・偽計ってなんなの?」と反応するのが通常だと思います。まず、「偽計」ないし「風説の流布」と言われたところで行為規範として何が禁止されて、何が禁止されていないのかが明確ではありません。

刑罰法規が本当に不明確であるとすれば憲法違反という議論になるわけですが、そこまでの議論にならなくても、例えば、「俺の会社はすごい会社だ。」という発言をとらえたものなのか、「俺の会社ではエイズのワクチンを開発した。」という発言をとらえたものなのか、わからなければ攻撃防御もしようがないわけです。今回の検察の方針を報道から推察していくと「一連の行為」を実行行為としてとらえているような気がしますが、この場合被告人側はどう防御していけばいいのでしょうか。

この手の事案の公訴事実は極めて長くなりがちなので殺人事件のように例は示せませんが、おそらく検察は(1)ライブドアあるいは関係者によるファンドの実質支配、(2)ファンドによるX社株式の保有、(3)これらの事実を開示せずに株式交換を実施し、株式交換の事実のみを開示、(4)ライブドア株式の株式分割の実施(5)ファンドによるライブドア株式の売却、(6)ライブドアへの売却資金の還流、(7)これらが一連の取引である(X社買収にあまり意味はなく、自己株式との交換ができればなんでもよかったなど)ことなどをつらつらと書き、偽計ないし風説の流布であると主張してくるものと思われます。

被告人としてはそれぞれの主張に対して反証を行うことになるのですが、仮にいずれか一つに反証が成功した場合はどうなるのでしょうか。例えば、(1)実質支配という関係にはなかった、(3)少なくとも会計上の連結基準には該当せず、軽微基準に照らしても開示義務がなかった、(4)株式分割は違法ではない、(5)(6)投資した資金を回収するのは正当な経済行為である、(7)買収は買収自体として正当な目的のある行為であるなどと個別に反論できることはできる(と思われる)わけですが、問題はこれらが犯罪の必須の構成要件として主張されているものかどうかがわからない点にあります。

検察が一連の行為という取扱いをしてくるとすれば何らかの理由があるはずで、そこに個々の行為自体の違法性を問うことが難しいという理由があるとすれば、どうなのでしょうか。一連の行為を裁くという発想のコストは極めて大きいように思います。(1)開示義務が定められていないとしても開示しないといけないかもしれない、(2)オフバランスが違法になるかもしれない、(3)株式分割が違法になるかもしれない、などと議論が波及しかねないのではないでしょうか。

公正なる会計慣行に違反し、粉飾だといい、検察が虚偽記載で勝負するのであれば理解できますし、裁判所で決めてもらえればいいことです。が、その勝負が難しいから他の要素も加味してもっと曖昧な偽計あるいは風説の流布で勝負するとすれば、そのインパクトは日本の社会にとって健全なものにはならないように思います。

もうこの問題はやめようと思ったのですが、やはり書いてしまいました・・・。
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by neon98 | 2006-01-24 12:48 | LEGAL(General)

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