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シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(4)―ガバナンスモデルの多様性
今日は、グローバルな資本市場の中で日本企業が外国資本を受け入れ、製品市場においても過酷な競争を強いられるという環境にあって、日本独自のガバナンスモデルというものが確保できるかという問題について触れてみることにします。

ここでの問題はグローバルな競争その他の原因によりガバナンスモデルは一つの理想的モデルに集結(Convergence)していくのかどうかという問題です。この問題は比較法の分野では論争の対象とされているようで、例えばHenry Hansmann & Reinier Kraakman, The End of History for Corporate Law, 89 Geo. L.J. 439 (2001)は、コーポレートガバナンスモデルは日米欧という主要国家において米国型の株主中心主義という方向に集結すると主張するのに対し、Lucian Bebchuk & Mark Roe, A Theory of Path Dependency in Corporate Ownership and Governance, 52 Stan. L. Rev. 127 (1999) は、ガバナンスは既存のルールと会社所有形態という「経路」に依存(path dependence)するのであって、均一化するようなものではないと主張しています。

国家間のガバナンス比較という単純化された世界での比較である(この説明文も多分に単純化しすぎであるので、ご興味のある方は是非原文を読んでください。)ため、いずれが正しいというものではないし、程度の差異という問題ではあると思います。実証的事例を確認したわけではありませんが、1980年代の日本と比較して、現在の日本企業はより株主価値、資本市場を意識しているといえると思います。何をもって株主価値を意識しているというのかはそんなに単純ではありませんが、ひょっとしたら配当性向などをみていくのがいいのかもしれません。ここでは社会常識の変化という抽象的なレベルでの話として、厳密なレベルでの検証はしませんが、感覚的に米国型の株主中心主義がより重要性を増してきたという主張は説得力があるように思います。

ただ、「株主中心主義」というのが何を意味するのか、具体的手段はどうなのかは一義的に決まるようなものではありません。米国型が株主中心主義といいながらも、日本法よりも取締役会の裁量を広く認めているように思われるのは不思議な話です。日本法になじんだものからすると、米国型はある意味パターナリスティックともいえるような感じがします。取締役会をインセンティブの付与により株主と同一の方向を向かせる代わりに、広範な裁量を認め、株主の自己決定権を否定している部分も日本法よりは多いのではないでしょうか。

経路依存性という概念は非常に重要で、他国の法制度を参考にするにしても、関連する法・経済・社会制度のすべてを取り替えるわけにはいきません。このあたりは事実上デラウェア州における敵対的買収ルールを取り込もうとした最近の動きを見ていればわかるだろうと思います。ユノカルやレブロンを導入しようとしてもディスカバリは導入できないわけであり、ある法制度・概念の導入をしようとしても実質的に同じ機能を果たすことの方が稀であるといえるでしょう。また、株主中心主義といっても短期的な株価のみを視野に入れるものではなく、また従業員・取引先・債権者等の利害関係人の利益が否定されるものではありません。ガバナンスモデルの運用面においても関係者の利害関係をどのように調整して必要があり、その具体的運用は社会・文化的な背景によっても異なってくるでしょう。例えば、日本の労働者は黙ってサービス残業するかわりに、解雇されることを黙って受け入れない(単なるたとえですので、正しいかどうかは別として)とか、法を運用・解釈する人間の文化によりプラクティスがかわるのは当然でしょう。その意味で、けんけん先生が以前指摘されたように、日本の買収防衛法制は今後独自進化を遂げるのは必然と思っています(問題はその是非です)。

この論争に終止符をうつのは案外アメリカ法自身なのかもしれません。Convergence論者の主張によれば、日米欧よりも障壁の低い州間障壁にもかかわらず、各州の会社法がさほど統一化されないことの説明が困難なように思われます。私は必ずしも賛成しませんが、米国法では各州における会社法の競争が繰り広げられ、デラウェアが競争の勝利者として君臨しているという考え方が存在します。Race to the topとかRace to the bottomとか言われるものです。この考え方だと設立準拠法を選択する取締役ないし企業側にとって有利な法制度が選択されるはずですが、様々な人に聞いたところ、必ずしもデラウェア法が取締役に有利だとか、会社にとって税制が有利だということもないようです。敵対的買収防衛などの面ではペンシルバニア州法だとユノカルなどの厳格な審査基準が存在せず、ビジネスジャッジメントルールが確保されているので経営陣にとっては有利なはずですが、ペンシルバニア州を設立準拠法とする企業はさほど多くありません。

様々な人に聞いたところ、会社法の分野において陪審ではなく、優秀な裁判官が判断することがメリットだとか、一度デラウェア州法がスタンダードとして君臨し、多くの法律家が周知していること自体がメリットなのだとか言われますが、実際のところはよくわかりません。個人的にはデラウェア州法が一時的にでもDe Facto Standardとして機能した時点で勝負は決しており、共通ルールとしてのデラウェア州法を選択するメリットを否定するだけの特殊な優位性を持つ州法がなければ州間の会社法の競争というのはあまり現実的ではないのではないかと思います。その意味で、デラウェア州法が優位にたったという「経路」に依存してアメリカ会社法は発展していくのだろうと思いますし、会社法の多様性は州政府がなくなりでもしない限り、このまま残るだろうと思っています。

ということで、日本法は日本なりのスタンスで進化していくだろうという荒っぽい理屈を述べておきました。
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by neon98 | 2006-01-31 14:10 | Corporate Governance

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(3)―Henry FordとShareholder Primacy Norm
今日はHenry Fordという有名人を題材にShareholder Primacy Normと”The least said, the soonest mended” (口は災いのもと)という格言の関係について考えてみましょう。

Shareholder Primacy Normということで一番よく引用されるのが、DODGE v. FORD MOTOR CO., 204 Mich. 459, 170 N.W. 668 (1919)というケースで、有名なHenry FordとJohn and Horace Dodgeというフォードモーターの2人の株主の間の争いを扱ったものです。現在は巨大企業のフォードモーターも当時はHenry Fordが58%を保有する閉鎖会社であり、このDodge Brothersはフォードへの部品供給者であり、かつ10%の株主でもありました。ちなみに、現在クライスラーの傘下にあるDodgeはこのDodge Brothersの会社です。T型フォードの成功をみて、Dodge brothersはフォードへの部品供給を停止し、フォードの競争者として自動車市場に参入します。そのための資金源としてDodge brothersはフォード株を売却しようとしますが閉鎖会社であったため買主もおらず、さらにHenry Fordからは配当の一部の支払いを止められてしまいます。そこで、配当支払とその原資として事業拡大差止めを求めたのがこの事案です。

配当を支払うのか、内部留保により投資にあてるのかはまさに経営者の判断すべきことであり、Business Judgment Ruleの適用場面だと思うのです(当時の米国法は知りませんが)が、裁判所は以下のフォードの発言をとりあげ、配当を命じます(事業拡大差止めについえてはさすがに認めていません。)。
"My ambition," said Mr. Ford, "is to employ still more men, to spread the benefits of this industrial system to the greatest possible number, to help them build up their lives and their homes. To do this we are putting the greatest share of our profits back in the business."(引用は判決文より)
裁判所の判示は以下の部分に顕著にあらわれています。
A business corporation is organized and carried on primarily for the profit of the stockholders. The powers of the directors are to be employed for that end. The discretion of directors is to be exercised in the choice of means to attain that end, and does not extend to a change in the end itself, to the reduction of profits, or to the nondistribution of profits among shareholders in order to devote them to other purposes.
推測ですが、Henry Fordが「配当を留保してでも製品の価格を下げ、販売数量を拡大することが長期的に株主のためになる」とでも言えば裁判所もこのような結論をとりえなかったのではないでしょうか。ある意味正直なHenry Fordの発言は当時の平均的な経営者(もしかしたら現在も)の率直な気持ちをあらわしているように思えます。気持ちとしては理解できなくもないですが、経営者として正しい考えとはいえないでしょうし、少なくともOfficialな場面で発言するのはPolitically Correctではないということでしょう。

ちなみに、このHenry Ford氏は、機械工の身から、T型フォードを開発し、製品ラインの工夫により安い車を提供しつづけたことで大金持ちになったわけですが、第一次世界大戦を集結させるために”Peace”という船を欧州に送ったり、禁煙パンフレットを自主出版したり、ユダヤ人銀行家を差別する発言で物議をかもしたりしたことでも有名だそうです(Robert and Marilyn Aitken, Pride and Prejudice: The Dark side of Henry Ford, 32 Litigation 1 (ABA), 53 (Fall 2005))。ということで、横道にずれながらのエントリでした。
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by neon98 | 2006-01-30 08:12 | Corporate Governance

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(2)―株主中心主義
会社法の世界では企業は株主のものであると習います。アメリカのロースクールでもShareholder Primacy Norm(株主中心主義)について議論をします。日本のCorporate Governanceを考えるといっても軸足がぶれてはなりませんので、株主の利益最大化が会社を取り巻く関係者の利害調整の原則になることを確認しておいてから話を進めたいと思います。株主中心主義といっても、これは株価を上昇させることと同義ではありません。また、取引先・債権者・従業員等の関係者の利益を否定するものでもありません。長期的に企業の利益あるいはキャッシュフローを高め、株主の利益を最大化することが企業の存在意義であるという原則論は日本でも広く受け入れられています。少なくとも法律学のレベルでは、株主中心主義という概念は日米ともに「通説」であるといえると思います。

ただ、米国で法律学者の書く論文を読んでいくと、法と経済学の概念が浸透しているせいか、会社法の条文構造に着目するというよりも、社会経済の実態を比較して「法」なるものを考えます。商法という会社に関する法規のレベルではとっくの昔から株主の利益最大化と概念が発達しているのですが、高度経済成長期の日本では政府やメインバンクの介入があったり、株式持合いにより資本市場が機能しなかったと批判され、米国から見た場合に「日本は資本主義社会ではない」などと言われる原因であったりもするわけです(個人的には悪い点ばかりではないと思いますが)。

「土地神話」「バブル崩壊」により状況が一変したことは皆さんご承知のとおりで、私が高校生くらいの時に崩壊したバブル経済から(一時回復するかと思われつつ)現実に回復したといえるのは昨年後半くらいではないでしょうか。外為法が改正され、会社法は柔軟な組織再編を認め、外国資本を受け入れながら日本経済はようやく回復の途につきつつあります。外国人株主の増加により企業を取り巻くカルチャーなるものも変化し、総会屋対策を中心とした株主総会指導も近年は見られなくなりました。従来よりも企業が株主の利益なるものを考慮するようになったといえ、コーポレートガバナンスを巡る実務が変化してきたということが一般論としていえるだろうと思います。

取引先の利益を確保する、従業員の福利厚生を考える、債権者を大切にする、これらの現実的行為のほとんどは株主中心主義と両立しうるものです。松下があれだけの広告費をかけ、生命に危険のある製品を回収にあたった事実も株主利益の最大化という原理の中で説明が可能だと思います。この概念を否定してコーポレートガバナンスは成立しえないものですから、基本原理であることをまず確認しておきました。

とはいえ、限界事例は存在するもので、例えば既に事業の清算を決めているA社が過去に製造し、ブレーキに異常のある自動車を回収するかどうかの判断や、従業員の多くが反対する企業再編など、ケースバイケースで本当に株主のみの利益を重視した判断がいいのか、議論になりうる余地があるのも事実だということも指摘しておきます。株主利益を守る仕組みが狭義のコーポレートガバナンスだとすれば、消費者保護、労働者保護、債権者保護、刑法など別個の規制があるわけで株主利益を犠牲にしても守らなければならないものがあることも事実です。企業倫理を限界事例でどう位置づけるかは永遠の課題ですね。倫理を守るか、倒産するかというのは答えのあるような問題じゃないような気がします。なんか教科書みたいで面白くないので、次回は少し横道にずれながらいこうと思います。
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by neon98 | 2006-01-29 00:10 | Corporate Governance

総会担当者の悲劇
会社法であそぼで、省令が大幅に変更とあります。
会社法の省令が固まりつつあります。当初、予定していた1月中の公布は無理そうですが、さほど遅れずに公布できそうです。
 パブコメの意見を大幅に採り入れ(ここまで大きくパブコメで変化したのは日本新記録だと思います)、変貌をとげた省令の姿を眺めながら、2月10日、13日、14日と立て続けに開催される解説会で何をしゃべろうか、悩んでいるところです。
日本新記録と言われてしまうと、日本からわざわざ省令案の掲載された商事法務を取り寄せた意味がなくなってしまいます^^が、今年の総会担当者は大変ですね。今年の総会集中日にはまだこちらにいる予定なので、若干他人ごとみたいですが、こころより同情します。私も浦島太郎脱却計画を継続しないと・・・。
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by neon98 | 2006-01-28 02:05 | LEGAL(General)

シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える(1)―序文
ライブドアの事件発生以降、アクセス数が異様に増加しているのですが、匿名で細々と書いていくのが目的なのでこれ以上アクセスを増やすことにはあまり意味を感じていません。毎日少しだけとても有意義なコメントやトラックバックを頂いて教えていただく、頭の中で整理されずにモヤモヤとしているものを記事にしてしまうことにより整理をして記録化する、下らない日常ネタも時々混ぜていくという現在の運用に満足しているので、ライブドアの件からは戦線離脱いたします。

しばらくは「シリーズ 日本のCorporate Governanceを考える」なんてNHKの特番みたいな大袈裟なネーミングで絵空事を論じていこうと思います。米国法を学ぶ際に良い点は素直に見習おうという気持ちと、過度の欧米信仰に対する反感との中で揺れ動きながら日本の仕組みについて考えていると、ある意味ナショナリズムに近い感情が生じてきます。多くのインテリの方は表面に出しませんが、アメリカ型システムは世界で一番だと95%のアメリカ人は思っている(数値は推定です^^)わけで、そういう意識を垣間見るときはすごい自信を素直に評価しつつ、「馬鹿やろう。日本人の凄さを知らない癖に。」と思いながらにっこり笑って素直にアメリカを誉めておくことにしています。

とはいえ、まだまだアメリカを含め諸外国から学んでいかないといけないことが多いことは素直に認めざるを得ないわけで、これからも外国制度研究は政策論としても実務家の課題としても重要であることには違いないわけです。ということで、浅はかなナショナリズムと冷静な議論とを整理しつつ、お勉強していこうと思っています。

「実は俺たちすごいんです。」と言えるかどうかわかりませんが、ビジネススクールの友人から聞いたトヨタとその取引先の関係って実は世界的にすごく面白い事例じゃないかと思うのです。トヨタは部品納入先に対して力をつけることを要求し、ホンダなど他のメーカーにも納入することを逆に推薦したりしているわけです。トヨタは有力な部品メーカーの一定の株式を保有し、長期的な関係継続に対してある程度のコミットメントをすることにより、取引先がトヨタとの関係に投資を継続できる環境を維持しながらも、それなりの要求を出し続け、取引先は常にトヨタからのプレッシャーにさらされながら経営改善に努力をし続けなければならないという面白い仕組みになっています。

大袈裟なタイトルをたちあげたわりに実は何を書こうか決めていないという典型的な企画倒れの危険がある企画ですが、ライブドア事件で疲れてきた心を癒す絵空事としてお付き合いください。ということで、次回は基本のShareholder Primacy Norm(「株主中心主義」とでも訳しましょうか)あたりの話からいきましょうかね。過激なことは申し上げるつもりはありませんし、ありきたりの議論にとどまると思いますので、期待せずにおまちください。ああ、アップしてしまったけど、3回目くらいまでしかネタがない…。
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by neon98 | 2006-01-28 01:46 | Corporate Governance

小糸製作所の「幸運」
後藤光男『「小糸」・「ブーン・ピケンズ」事件―国境を超えた企業防衛』をブックオフで発見。小糸製作所事件の貴重な記録であり、早速読んでみる。

防衛成功には、関係者と優秀な専門家の努力と、ブーン・ピケンズ氏に対しても誠意をもって対応したことで世論が味方についたということが理由としてあげられると思うが、それ以外に幾つかの幸運があったように思う。
(1)ブーン・ピケンズ氏が著名なグリーンメイラーであり、米国の判決でもその旨認定されていること
(2)彼の悪評価により日米の政治問題に発展しなかったこと
(3)内部者取引の利益返還により軍資金が飛び込んできたこと
(4)日米の経済情勢により貿易問題として扱われずにすんだこと
などは幸運な事情としてあげられると思う。買収防衛で弁護士の仕事なんてほんの一部なんだな(むろん重要な一部なのだが)と思えるほど、法廷外闘争が繰り広げられており、それが面白い。別冊商事法務289号『企業買収をめぐる諸相とニッポン放送事件鑑定意見』も事件記録が掲載されており、非常に有益なのだが、この本も有益な記録を残してくださっている。
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by neon98 | 2006-01-27 08:10 | M&A

「平時」「有事」の区別は絶対か?
ライブドア事件を追いかけるのは少し疲れてきたので、今日は買収防衛策の不思議に迫ってみようと思います。
企業価値研究会の報告は「平時導入型」を前提にして作成されていますが、そもそもなぜ「平時」と「有事」の区別が必要なのでしょう?
こういうことを言い出すと勉強不足でアホな弁護士だとか、なんでもかんでも反論するのが好きな奴とか思われちゃうかもしれませんけど、私にはこれが世間で言われるほど絶対的な区別だとは思えないのです。

平時導入型が推奨されている理由としては、(1)株主に対する事前開示がなされるため、合理性が担保されやすい、(2)買収をする者に不測の損害を与えるおそれがない、などの理由があげられると思うのですが、だからといって有事導入型が駄目だという理屈は難しいように思うのです。

株主総会の議決を経て導入した買収防衛策は議論の対象から除くとすると、事前開示はあくまでも開示にすぎないのであって取締役会のみの判断でポイズンピルを発行したという事実は変わりがないわけです。購入前に開示がなされていた株主との関係では合理性が担保できたとしても、購入後に防衛策が導入された場合「平時」「有事」の区別は相対的なものにすぎません。

いきなり買収防衛策が導入されると買収予定者に不測の損害を与えるというのはそのとおりですが、取締役会の決議のみで発行できる買収防衛策があることは予測可能です(参考:John C. Coates, Takeover Defenses in the Shadow of the Pill: A Critique of the Scientific Evidence, 79 Tex. L. Rev. 271)。従来から、第三者割当増資により敵対的買収防衛が有事になされてきたところであり、ベルシステム24事件(一応「有事」と評価できると思います)などの判断が覆されているわけではないはずです。また、TOB法制が予定通り改正され、撤回条件が柔軟になればなおさらでしょう。

むろん、何かが発生してから防衛策を検討していて間に合わなければどうにもならないわけですから、買収防衛を導入する企業側にとって平時の方が望ましいのは言うまでもないのですが、なにをもって「買収開始」というのかは微妙な点もあり、「有事」と解釈されかねない場面でも防衛策導入を検討する余地はあるのではないでしょうか。

例えば30%超をとられてしまえば買収防衛といってもある意味「買収完了」といえなくもないのですが、突然10%超とられているようなケースでは(1)有事ではない(従前からの検討の結果である)、(2)有事だとしても問題がないという二段構えで勝負していくことも十分可能なのではないかと思うわけでした。個人的には、むしろ「有事」「平時」の区分よりもどうやって防衛策を解消できるのか、このあたりの手当ての方を重視したいところです。
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by neon98 | 2006-01-26 05:49 | M&A

東証は上場の前に足元を固める模様ですね
東証、上場を見送り・西室会長会見(Nikkei Net)とのとおり、時期を明確にした上場計画は見送るようですね。コンピュータシステムとそれを管理する人材育成、自主規制部門の人材育成、いずれも他の外国証券取引所と比較して投資の仕方が足りないような印象があるので、上場も同時並行して目指したらいいのではないかと思うのですが、まあ判断としては理解できなくはないです。

ただ、この手の問題は期限をなくしてしまうとだらだらしちゃいますので、システム投資に関する方針、自主規制に関する方針、利益相反・敵対的買収対策などの懸念への対策を早々に示し、早々と議論に入るのがいいのではないかと思います。日本国内では圧倒的な地位を有するとはいえ、国際競争が舞台でしょうから迅速な対応を望みます。
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by neon98 | 2006-01-25 11:47 | Securities

なぜ検察はリーサルウエポンを使うのか
留学の関係でしばらく刑事事件扱っていませんし、刑事訴訟法の本は持参しておらず調べるのにも限界がありますし、経済活動に関する刑事事件などの経験もありませんので、的外れなエントリになるかもしれません。と最初にExcuseをしておきます。「訴因」とか「公訴事実」などの用語の正確な使用方法に自信がありませんが、その点はお許しください。

他のBlogで共有されているであろう問題意識をわかりやすく書いていくことが趣旨ですので、細かいミスは見逃して(OR黙って非公開コメントで教えて)いただけたらうれしいです。逮捕を証拠保全・逃亡防止というよりは取り調べ目的で利用する日本の刑事司法には批判的なのですが、その話はおいておき、今回は偽計・風説の流布という適用法令の問題点について思ったことを書いてみたいと思います。

1. 訴因の特定

「偽計」「風説の流布」といった規制の必要性は理解できなくはないのですが、誰にでもすぐに理解できるような明確な概念ではありませんので、罪刑法定主義の観点からすると、概念の明確化をするか、少なくともリーサルウエポンとしての利用にとどめてほしいものだと思っています。刑事事件という重大な結果を伴う規範は特に行為規範として何が禁止されていて、何が禁止されていないのかを明らかにしないといけないというのは憲法31条の要請です。また、刑事訴訟法的観点からしても、裁判官に対して事実認定の対象を明確にし、被告人・被疑者に対して攻撃防御の方法を明らかにすることは必要不可欠です。検察官と被告人の立証責任の分担からすると、検察官は構成要件に該当する事実を主張・立証し、被告人はそのような事実は行っていないと主張・立証するのであって、被告人は摘示されていない事実は反証する必要がありません。

おぼろげに、検察修習を思い出しながら、例えば殺人事件の起訴状をざくっと書いてみると、「被告人Aは、平成○年○月○日ころ、東京都○○区○○…所在のスナック『ポンポコ』において、Bから『お前の母ちゃんデベソ!』と執拗に馬鹿にされたことに立腹し、殺意をもって、刃渡り○センチの包丁をもってBの心臓部を刺傷し、同日○時ころ、出血多量によりBを死亡させたものである。」という感じになります(かなりいいかげんな書き方なので雰囲気だけ理解してください。)。このケースにおける被告人の反証対象は何でしょうか。

スナックは『ポンポコ』ではない、『お前の母ちゃんデベソ』ではなく『お前の母ちゃんデブ』だったという反論は明らかに違いますね。被告人が殺人罪を犯していないと主張立証したいのであれば、例えば(1)殺意はなかった(傷害致死である)、(2)刺傷行為自体を行っていない(実行行為の否認)などと主張することになります。(2)としては、そもそもBと会ったこともないとか、その当日はそのスナックに行っていない、刺したのは脚であって死亡原因はCによる暴行であるなどと主張することになります。

殺人罪の構成要件からすると、「Aが殺意をもってBを死亡させる具体的危険性のある行為を行い、Bを死亡させた」ということで足るのですが、攻撃防御の方法を特定するという観点からすると、「○月○日ころ、某所で、ナイフで刺して殺した」のか、「○月○日ころ、某所に行くとCに刺傷される計画があることを承知のうえで、その事実をBに告げず、その結果Bが死亡した」のかで全く攻撃防御対象が異なってくるわけです。むろん、死亡推定時刻がわからないとか、使用凶器が不明であるなどの事情により、特定の度合いが異なることは実務上も認められています。訴因をどこまで特定するのかはこのあたりのバランス論の問題であり、何年前の事件なのか、公衆の面前でなされた行為なのか、被告人が否認しているのかなどでどこまで特定できるかが変わってくると理解してもらえればいいと思います。

2. ライブドア事件にみる被疑事実の特定

まだ起訴がなされていない段階とはいえ、捜索差押・逮捕がなされているわけですからそれなりの被疑事実の特定がなされているはずです。Bに対する殺人の容疑がかけられているケースであれば当人は「俺は殺していない」と明確に否定できるわけですが、「風説の流布」「偽計」と言われた場合には「俺は風説の流布・偽計はしていない」と否定する前に「風説の流布・偽計ってなんなの?」と反応するのが通常だと思います。まず、「偽計」ないし「風説の流布」と言われたところで行為規範として何が禁止されて、何が禁止されていないのかが明確ではありません。

刑罰法規が本当に不明確であるとすれば憲法違反という議論になるわけですが、そこまでの議論にならなくても、例えば、「俺の会社はすごい会社だ。」という発言をとらえたものなのか、「俺の会社ではエイズのワクチンを開発した。」という発言をとらえたものなのか、わからなければ攻撃防御もしようがないわけです。今回の検察の方針を報道から推察していくと「一連の行為」を実行行為としてとらえているような気がしますが、この場合被告人側はどう防御していけばいいのでしょうか。

この手の事案の公訴事実は極めて長くなりがちなので殺人事件のように例は示せませんが、おそらく検察は(1)ライブドアあるいは関係者によるファンドの実質支配、(2)ファンドによるX社株式の保有、(3)これらの事実を開示せずに株式交換を実施し、株式交換の事実のみを開示、(4)ライブドア株式の株式分割の実施(5)ファンドによるライブドア株式の売却、(6)ライブドアへの売却資金の還流、(7)これらが一連の取引である(X社買収にあまり意味はなく、自己株式との交換ができればなんでもよかったなど)ことなどをつらつらと書き、偽計ないし風説の流布であると主張してくるものと思われます。

被告人としてはそれぞれの主張に対して反証を行うことになるのですが、仮にいずれか一つに反証が成功した場合はどうなるのでしょうか。例えば、(1)実質支配という関係にはなかった、(3)少なくとも会計上の連結基準には該当せず、軽微基準に照らしても開示義務がなかった、(4)株式分割は違法ではない、(5)(6)投資した資金を回収するのは正当な経済行為である、(7)買収は買収自体として正当な目的のある行為であるなどと個別に反論できることはできる(と思われる)わけですが、問題はこれらが犯罪の必須の構成要件として主張されているものかどうかがわからない点にあります。

検察が一連の行為という取扱いをしてくるとすれば何らかの理由があるはずで、そこに個々の行為自体の違法性を問うことが難しいという理由があるとすれば、どうなのでしょうか。一連の行為を裁くという発想のコストは極めて大きいように思います。(1)開示義務が定められていないとしても開示しないといけないかもしれない、(2)オフバランスが違法になるかもしれない、(3)株式分割が違法になるかもしれない、などと議論が波及しかねないのではないでしょうか。

公正なる会計慣行に違反し、粉飾だといい、検察が虚偽記載で勝負するのであれば理解できますし、裁判所で決めてもらえればいいことです。が、その勝負が難しいから他の要素も加味してもっと曖昧な偽計あるいは風説の流布で勝負するとすれば、そのインパクトは日本の社会にとって健全なものにはならないように思います。

もうこの問題はやめようと思ったのですが、やはり書いてしまいました・・・。
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by neon98 | 2006-01-24 12:48 | LEGAL(General)

American Museum of Natural History
ようやく風邪も治りかけてきたので、American Museum of Natural History(725 Central Park W. (at 79th St.)へ。

d0042715_144439.jpg一階の海洋生物、二階のアフリカの哺乳動物、三階の爬虫類・両生類等を駆け足で見学し、圧巻はやはり四階。よくこれだけの恐竜の化石類を収集したものです。男の子だと少なからず、恐竜図鑑などを見て恐竜の名前を記憶した覚えがあるのではないでしょうか。妻子よりも私自身が少年に戻ったごとく素直に化石に魅入られてしまいました。
d0042715_1453031.jpgちなみにうちの子は、シロナガスクジラの巨大な模型あたりから既に恐怖におののき、家に帰るとのたまっていました。途中から見ないように努めているうちに寝てしまい、自宅に帰っても「ニューヨークは恐竜がいるから日本に帰りたい。」とおっしゃってました。

あまり説明など読まず、館内ツアーも参加せず、駆け足でみてまわって4時間強。ゆっくりご覧になりたい方は早めに着くようにしてください。
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by neon98 | 2006-01-23 14:13 | 日常・海外生活

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